スルーして、ホワイトデー
「おっはよー名無しっ!」
「おはよー名無しちゃん…」
朝起きて部屋から出ると、
満面の笑みのカロルと顔面蒼白のレイヴンが居た。
『おはよー…って、どうしたの、このテンションの違い』
思わず立ち止まって聞いてみれば、二人の表情の差はさらに開ける。
「ユーリがね、ご飯の他にクッキーも焼いてくれたんだけど、それがすごく美味しくってさ!早く名無しも食べてきなよ!」
『…朝からクッキー?なんで?』
15時のおやつならまだしも、朝からクッキーとは何事だろう。
するとレイヴンは胸元を擦りながら話始めた。
「今日がホワイトデーだからでしょー…朝御飯にはホットケーキまで出てくるし、お陰でおっさんは朝から甘い匂いに包まれて吐き気だよ」
『え、ホワイトデー?』
「そうそう」
『あれ?バレンタインデーって…』
「先月終わったっしょ。どうしたの、名無しちゃん」
『いや…なんでもないかな…あはは…』
私も今、
レイヴンと同じ表情をしているだろう。
何故かって、一ヶ月経って、気付かされた。
2月14日のバレンタインデーという行事を完全スルーしていたということに。
スルーして、ホワイトデー
その後のレイヴンやカロルとの会話はあまり覚えていなくて、気付けば私は食堂の前に居る。
ギィ…と押した扉が心なしか重い。
『おはよー……』
そっと入れば、そこにはキッチンに向かうユーリの後ろ姿と、食卓にエステルとリタ、それにジュディスが座っていて、いつもと変わらない挨拶を交わした。
「おはようさん、朝飯なら出来てるぜ」
………が、振り向いたユーリのさわやかな表情を見て私はピシリと固まる。
勿論そんな様子に気付くことのないエステルは、私の前にホットケーキと例のユーリが作ったであろうクッキーを差し出したのだ。
『こ…これ…』
「名無しもどうぞ!ユーリが日頃の感謝を込めて私達に作ってくれたクッキーだそうです!」
『うわ、わあ…すごーい…ありがとう……』
「おう、まぁ食えよ」
「? 美味しいですよ!」
思わず棒読みになった。
…どうしよう。
ユーリとは長いこと付き合ってきているけれど、こんなユーリの笑顔は見たことがない。
絶対これ、私がバレンタインを忘れたのを根に持ってるよ、じゃなきゃこんな当て付けみたいなことしないよね…!
『ご…ごめんね、ユーリさん』
「何がだよ」
『……』
「……」
ユーリと私のただならぬ雰囲気を感じてしまったであろうエステルは「え、と」とか「あの」とかよくわからない言葉を発して明らかに動揺している。
ごめんね、エステル。
「あ、メイプルシロップ無くなったわ」
「あぁ、時間あるしオレ買ってきてやるよ」
リタが言うなり財布を持ってすぐに外へと出ていったユーリを見て、皆ポカンとしていた。
「……ねぇちょっと、何なのよ、アレ」
「いつものユーリじゃないのは確かですよね……」
『ぐ…』
痛い、右側からガンガン来る視線が痛い!!
「名無しは原因を知っている、そうじゃなくて?」
ユーリがわざわざホワイトデーにクッキーを作るなんておかしいわよね?
と、さっきから私に向かって熱い、いや、痛い程の視線を送って来ていたジュディスがニコリと微笑んだ。
『あ、わ、私もちょっと行ってくる…!!』
―――――――――
―――――――
―――――
結局、出ていったユーリには追い付けなくって、店から出てくるのを待ち伏せることになった。
店の入り口で待つこと10分、ユーリが出てきたので私は全力で頭を下げる。
『あのユーリ、本当にご「ごめんで済めば騎士団はいらねんだよ」え、あぁ、うん、そうだね…騎士団…フレンもいらないね…あ、違う、フレンは必要か………』
もう自分でも何が言いたいのかわからなくなってきた。
…っていうか、最後まで謝らせてもくれないのか。
『私がバレンタインデーを忘れたこと、怒ってるんだよね?』
「別に怒っちゃいねーよ」
ガサリ、と
ユーリの片手にぶら下がる袋の音が妙に大きく聞こえる。
戦闘時とはまた違う意味で緊迫したこの空気。
『怒ってなかったら朝からこんな空気にならないでしょ』
そう言い返せば、ユーリからは大きな溜め息だけが返ってきて、そのまま私の前を素通りして歩き出した。
私の足は動かない。
バレンタインデーを忘れた自分にも非はあるけど、こんなにも怒ることだろうか。
怒りなのか悲しみなのか、泣いてやりたくなんかないのに、視界がぼやけてきた。
こんな町中で恥ずかしいじゃんか、ちくしょー…
「おっまえは……何泣いてんだよ……」
先に行ってしまったと思っていたユーリはいつの間にか私の目の前に居て、少しだけ屈んで覗き込むように見ていた。
『私だって悪かったけどさ、謝らせてもくれないし…そんな態度とられたらさすがに傷付くよ…』
ユーリの手は、子供をあやすように私の頭を優しく撫でているけど、私が泣いてる原因はユーリにあるんだよ。
「あーもう…悪かったよ」
再び大きな溜め息をつかれたので、今度こそ突き放されるのかと思いきや、予想外にもユーリに抱きしめられていた。
『…え、』
「だから、悪かったって」
『なに、急に…』
「オレも大人気なかったって言ってんの」
それは小さな声ではあったけど、
「なんつーかさ、寂しかったんだよ」
期待していた自分が惨めだった、と
ポツリ、ポツリ
ユーリの本音が出てきたのだ。
顔をあげればユーリは気まずそうに、
いや、どちらかというと恥ずかしそうに私から視線を外した。
「…だからいい加減泣き止め。さっきから周りの連中に見られてんだよ。オレが泣かしたみたいだろ?」
『ユーリに泣かされたんだよ』
「だから悪かったって」
『…ふふっ』
「…泣いたり笑ったり忙しい奴だな。…リタ達も待ってるし帰ろうぜ」
そう言っていつもの様に私の前に手を出した。
『ユーリ』
「ん?」
『あいしてる!』
思ってはいても滅多に言えないその言葉を伝えてユーリの手を取ったのだ。
「……………」
『何その顔は!?バレンタインデーをあげられなかった分、今日は珍しく甘い言葉でも囁こうかと思ったのに!』
「へー?」
たいして興味のなさそうな返事を返されたのでまぁそんなもんだよね、と小さな息を付いたら、前が急に暗くなったので思わず顔をあげれば
チュッ
と、ほんの一瞬だけ、唇に温度を感じたのだ。
『な……っ』
数秒硬直した後に一気に顔が熱くなる。
当の本人は何事もなかったかのように手を離して私の前を行く。
『ちょ…ユーリっ!!ここ町中なんだけど…!!?』
「今日はホワイトデーだろ?だからお返しってな」
ざまーみろ、そう言ってニヤリと笑ったユーリは歩き出したのだ。
大人びているかと思えば変な所で子供で、
そんなユーリの可愛い一面を知っているのはきっと、唯一、私だけなのだろう。
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バレンタインデー夢を書くのをマジで忘れていたよ記念。
ユーリが歳下っぽい。いや、私からしたら歳下なわけだけども(^q^)
20130313.haruka
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[mokuji]
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