風となって消えた。
!スキット「ハッピーバースディ」一部ネタバレ
!妄想補完
!14歳年上設定
久しぶりに自分の家に帰った日、下に住む女将さんがわざわざオレの部屋のドアを叩きに来るなり、明日の昼頃酒場に来いと言った。
「…女将さんが?」
「ああ、何か飯食わせてくれるらしいぜ」
詳しいことは聞かなかったが、飯付きの手伝いだろうか。
次の日、偶然非番だったフレンを誘って二人で箒星の扉を押した。
カラン、カラン…
すると店内からは、女将さんとは違う少し高い女の声が響いた。
『いらっしゃーい……………あ!』
「おまえ…」
「名無し姉さん…!」
『ユーリちゃんにフレンちゃん!』
「その呼び方はやめろ!」
「その呼び方はやめて下さい!」
『相変わらず仲良しなんだね!一丁前に声替わりなんかしちゃって!』
「ちょっ女将さんっ!何で名無しが此処に居るんだよ!」
「何でって此処がこの子の家だからねぇ?」
「いや、そうじゃなくて!」
『ちょっとこっちに用事があってさぁ』
そこに居たのは、オレ達がまだ餓鬼の頃によく遊んでもらっていた女将さんの娘さんだった。
14歳も離れていただけあって、フレンが゛名無し姉さん゛と呼ぶように下町では皆のお姉さん的存在。
入口付近で立ち話をするのも他の客に迷惑なんで、いつものテーブルに腰をかけると、名無しは椅子を持ってきてオレ達と同じ場所に座った。
『何年振りだろうねー。私が居なくなってから寂しくならなかった?』
「いや全く」
『ひど…っ』
「そんなことないですよ。名無し姉さんが帝都を離れた時に一番悲しんでいたのはユーリですから」
「なっフレン!!」
『あら〜?そうなの、ユーリ。随分と話が違うじゃない』
本人には知られたくなかった事をこうも簡単にばらされるとは。
オレの幼馴染みはどうやら思いやりに欠けているようで。
「嘘は言ってないだろう?」
「……おまえな」
名無しはそんなやり取りをするオレ達の顔を交互に見るなり、飲み物を一気に飲み干した。
『もう二人とも21歳になったのかぁ。若干の面影はあるものの立派になって…あー歳を感じる…』
「名無し姉さんはそのまま綺麗になった感じですよ?」
『ありがとう、フレンは好青年になっちゃって!あと敬語はやめて!昔のまんまが良い!』
「えっあぁ、うん…」
箒星に入ってすぐにオレも気になっていたが、フレンは名無しに対して敬語を使っていたのだ。
餓鬼の頃は違ったのに。
その辺はフレンらしいというべきか。
程なくして厨房から現れた女将さんは片手にメモを持って、名無しの目の前に置いた。
「盛り上がってる所悪いんだけど名無し、ちょっと買い出し行ってきてちょうだい」
『はいよー!
じゃ、ちょっと行ってくる!ユーリとフレンはまだしばらく此処に居るんでしょ?』
「「ああ」」
よし、と笑って名無しは箒星を出た。
名無しが出ていった扉を見つめる女将さんは、腰に手を当てて安堵の息を漏らす。
「あの子ね、来月結婚するのよ」
「そうなんですか!?」
「へぇ」
「なかなか貰い手が見つからなくて、思いの他遅くなっちゃったけど、これでひと段落だよ」
…とか言う割には女将さんの表情はどこか寂しそうだが、すぐにいつもの明るい表情へと変わる。
「でも、ま、あんた達が残ってるからまだまだ安心は出来ないけどね!」
いい嫁さん見つけるんだよ!
そう言って女将さんはオレ達の背中を叩いた。
これが結構痛かったりする。
「フレン、悪い、オレちょっと出てくる」
「ああ、いってらっしゃい」
この後オレの取る行動を既に理解している幼馴染みに再度同じことを言う必要はなくて、オレは一度箒星を後にした。
「名無し!」
『あ、ユーリ!』
追うのにあまり時間を掛けたつもりはなかったが、既に買い物を終えていた名無しの手には紙袋があった。
「貸せよ、荷物」
『え、いいよ』
「いいから」
半ば奪い取るような形で紙袋を取った。
『ありがとう。重くなったら言ってね、変わるから』
「…あのな、オレは男だしもういい大人」
餓鬼扱いされるのはどうも歯痒い。
昔、どうしても名無しの隣に並びたくて。
無理だというのに対等な立場になりたくて。
早く大人になりたい、なんてらしくねぇことも思ったりした。
「なぁ、昔、オレが名無しに言った言葉覚えてるか?」
『言葉?』
一度目を閉じて名無しは考える。
オレは荷物を持っていない空の右手を名無しの頭へと伸ばした。
『うわっ何!?』
「名無しの身長なんて直ぐに追い抜いてやる」
すると名無しは数回瞬きをした後に、柔らかに笑う。
『…あー、今ので思い出した』
名無しはオレを見上げた。
「…抜いたよ」
『うん、本当だ』
――大きくなったね。
あの時、どんなに背伸びをしても名無しの頭に触れることが出来なくて。
簡単に触れる事の出来る野郎共を羨ましく思っていた。
けど、今思えばこんな小さかったんだよな。
『ね、ユーリ、ちょっと屈んで?』
「ん」
『おりゃっ!』
「!?」
昔からの癖だろうか、つい言われるがままに屈んでしまった。
途端、名無しはオレの頭に片手を乗せて乱暴に撫でた。
「だから!餓鬼扱いすんなって!もう21だぞ!?」
『ユーリが歳を取る分私だって一緒に歳を取ってるんだから!私にとってユーリとフレンはずっと可愛いままだよ!』
「はぁ?何だよそれ!」
いつまでもオレの頭にある名無しの手を払って歩き出すと名無しはオレに体当たりをしてくるものだから、思わずよろめいた。
――――――――――――
―――――――――
―――――
「そういや、名無し、結婚するんだってな」
『あら。先に母さんから聞いてたの?』
「ああ。
けどなんか意外でさ」
『…失礼ね』
そりゃあ、幼心ながらに名無しのことは可愛いと思っていたし、何度か彼氏のような男と一緒に居る所も見た。
けど、結婚とは結びつかなくて、根拠なんて無いが、名無しはずっと箒星に居るとばかり思っていた。
そうであって欲しかった。
そんな餓鬼だったオレの願望は叶わず、名無しは帝都を離れたわけだが。
「相手、どんな奴?」
目を丸くした名無しは、あんたがそんな私の相手のことを気に掛けるなんて珍しいこともあったもんだと言った。
ほっとけ。
『優しくて温かい人、かな?』
「ふーん」
『何さ』
「いや?もし名無しを泣かすような奴だったらオレが殴り込みにいってやろうかと思っただけ」
『そんな人とはさすがに結婚しないわ!』
「はは、そっか」
『けど、ありがとう』
―名無し!名無し!
―何で泣いてんだよ!?
―名無しを泣かした奴はオレが殴ってきてやる!
―だから泣くな!
『ユーリは変わらないね』
「は?何が?」
『んーちょっとねー。さ、行こっか』
「ああ」
どこか機嫌の良さそうな名無しの後ろ姿に少しだけ見惚れた。
――けど、まぁ、
あんな幸せそうな顔を見せられちゃ、オレの出る幕は一生無さそうだ。
「結婚おめでとさん。お幸せに」
『ありがとう、ユーリ』
振り返って笑う名無しはとても綺麗だった。
「時が流れても人の気持ちって案外変わらねぇモンなんだな…」
『うん?』
「いーや、何も」
風となって消えた。
(オレって案外一途)
------------------
スキットの勝手な過去補完。
私にも15歳下の従兄弟が居たんだったと書き終わって気付く。
【おまけ】
20120402.haruka
[back][ 28/86 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]