隣に居ない今なら





もうすぐ春だという季節をまるで無視するかの様に帝都に再び雪が降った。




「おーい転ぶぞー」

『転ばないよ!』




下町の道でオレより何歩も先を歩く名無しに声を掛けると高らかな声をもつ彼女はくるりとオレの方へと振り返った。



「しっかしこの歳にもなってはしゃぐか普通。しかもつい最近まで降ってたってのに」



その場に立ち止まる名無しに対して歩き続けるオレはすぐに名無しに追い付いて隣に並んだ。



『ユーリ、後ろ見て!』
「何だよ」


『私とユーリの足跡』

「んなの見りゃわかる」



雪が降りだしてからあまり人が歩いていなかったのか、オレと名無しの足跡だけが雪道に残っている。



『雪に残る足跡ってね、見てたら意外と面白いんだよ』

「そういうもんか?」



『例えばほら、ユーリの一歩は私の二歩』




「おまえ足短いもんな」

『う…うるさい!身長差って言ってよ!』

「ははっ」


じろりとオレを睨んだ名無しは下がった自分のマフラーを少し上げて再び口を開いた。


『私の足跡はユーリの側に常に寄っているでしょ』



『それに対してユーリはまっすぐ』



「…そうか?
オレにはそこまでわからねぇな」



寄っていると言われればそんな気がしなくも無いが正直のところよく分からない。

それに降り続ける雪がオレ達の足跡を消していくから、余計に。



『言うと思った。ユーリはロマンチストじゃないもんね!』

「おまえはロマンチストなオレをご希望か?」

『うわ、ない、そんなユーリ気持ち悪い』

「…言い過ぎだろ」





全力で拒否する名無しのマフラーを引っ張ってやろうとすると名無しはヒラリと避けたが――――――――、




『うわっ!』
「危ねっ!」





そのまま後ろにひっくり返りそうになった名無しの右手を反射的に掴み上げる事で、転ぶことは免れたようだ。




「…おまえな、つい数分前に転ばないと宣言してた奴は誰だよ」




『あははーすみません、完全に油断してました』



次は気を付けまーす。
なんて、たいした反省の色も見せず名無しは笑った。



「あー寒いな。帰るか」

『ユーリ?』



名無しは未だ繋がれたままのオレ達の手を上にあげる。




「…見てて危なっかしいから家に着くまでこのままにしてろ」


『うん、ありがとう』


「ああ」


『ね、ユーリ』




――――この手、離さないでね。
また転んじゃうかもしれないから。








ある雪が降ったいつかの日、名無しが呟いたあの言葉をふと思い出して、オレは後ろを振り向いた。







今は、雪道に

自分の足跡だけが

ただ、残る。










(どうか形を消さないで)

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20120328.haruka

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