届かぬ想い



「ほんま、阿呆や……」
あの時、俺は何するつもりやったんやろ。
マフラーで口元を覆いながらひとりごちる。

ただでさえ大きな目をまん丸に見開いて俺を見つめるひな先輩。
あの人があの時名前を呼んでくれんかったら、俺は多分あのままひな先輩に口付けとった。

勿体無いことをしたと思う自分と同時に、行動に移さんくて良かったと安堵する自分もおる。
鈍くて、恋愛慣れなんて全然してへんようなひな先輩のことやから、突然ただの後輩としか思ってへん男にキスされたら、きっとあの人は泣いてしまうやろう。
もしかしたら俺のことなんて顔もみたくないっちゅうほど軽蔑されてしまうかもしれへん。

そうなる前に思い留まれてよかったと思う一方、嫌われても軽蔑されてもええから、あの人を一瞬だけでも自分のものにしたかったとも思う。
それくらい、俺はひな先輩が好きやった。


俺があの人に惚れた切っ掛けは、本当に些細なこと。
丁度ひな先輩が転校してきた頃、俺は所謂スランプに陥っとって、何やっても巧くいかんかった。
落ち込んで悩んで、また落ち込んで、先輩や他の部員たちからしても「俺らしくない」俺やった俺に、出会って間もないひな先輩が「そんなことないよ」と言うてくれた。
巧くいかなくて悩むのは誰でも当たり前だと言うてくれて、一緒に練習メニューまで考えてくれたりして。
それらの行為に下心はまるでなくて、純粋に俺を見ててくれるんがめっちゃ嬉しかったし、そんなひな先輩に惹かれていくんに時間は掛からんかった。
……まぁ、ひな先輩のおかげで本調子を取り戻した俺は、何や照れ臭くてあの人をからかって遊ぶようになってしもたんやけど、そんな俺に対しても素直に反応を返してくれるんが愛おしくて堪らんかった。

けど、あの人に好意を抱いとるんは決して俺だけやなかった。
『四天の聖書』と褒めそやされてばかりの部長も、悩んでる時ですら明るく振舞ってる謙也さんも、飄々としてて何考えてるんかようわからん千歳先輩も、みんながひな先輩を好いとった。
好きになった理由は人それぞれやろうけど、俺はみんなおんなじ理由やないかと思うとる。
俺らの周りには、外見やら部の戦績というステータスしか見てへん女たちが多いから。
そんな奴らとは違うて、ちゃんと俺らという人間を知ろうとするあの人に惹かれたんやろうって。

これでひな先輩が誰に対しても特別な想いを抱いてへんかったら、俺にも勝ち目はあったんかもしらん。
けど、ひな先輩を見てれば否応なしにもわかってしもた。
あの人は部長を好きなんやって。

いつからとか、何でとか、具体的なことはようわからんけど、いつしかひな先輩が部長をみる目が他の人をみる目と違うのに気づいてしまった。
それは謙也さんも千歳先輩も、他の先輩らも一緒のようで(恐らく気づいてへんかったんは当の部長と遠山くらいやろう)、みんなして2人を応援する側に回って、ハロウィンのイベントを利用して何とか2人をくっつけた。

幸せそうに笑っとる2人を見とれば、きっとこの想いも忘れられる。
そう思っとったのに、むしろ見せ付けられればられるほど降り積もるんは嫉妬ばかりで。
今日だって、ひな先輩の手が部長に伸ばされとるのを分かっとったのに、部長に届く前にそれを奪った。
2人で抜け出したところで、部長とひな先輩が両想いやっていう事実と、俺が決してあの人の隣に立てへんってことは変わらんのに。


「あーもう、ホンマ阿呆らしい……」
「あっ、財前やーっ!」
白い息と共に吐き出した俺の独白は、遠山の元気すぎる声に掻き消された。

「あら光くん、ひなちゃんは?」
「ひな先輩はちょっと向こうで休ませてます。……って部長は?」
小春先輩の問いに、ひな先輩を置いてきた方角を指差して答えながら、俺は重要人物の不在に気づいた。
「蔵リンならさっきひなちゃん探しに行ってしもたわよ」
「うっそ」

あぁ、もう。
みんなんとこ戻ったら会えると単純に考えとったんが阿呆やった。
めんどくさいから部長探しに行くんはやめようかな、と思いつつもひな先輩に部長を連れてくると約束した手前行かざるを得ず、俺は仕方なしにもう一度この人混みの中に身を投じることにした。



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