2人で買い物



テニス部恒例の鍋パーティー。その材料を買うために蔵ノ介と毎年お世話になっているという商店街に出向いたわけだけど。
「何を買うべきか……」
鍋の具材など目的の品を全く決めていなかった。
予算はひとり1500円。計10人分の食費1万5千円が今私の財布の中にある。
けれどそれをどう配分するかがなかなか決められない。
「せやなぁ、とりあえずクリスマスやから鍋の具以前にケーキは必須やろ」
「だよねぇ」
他にも飲み物とかもいるだろうし。
一応シャンメリーは昨日買っておいたけど、あれだけじゃ足らないからな……。
そうすると鍋に使える分は5000から多くて7000円くらい。
それだけあれば十分じゃないかとも思うんだけど、何せメンバーの中に胃袋ブラックホールが存在するから、食材はいくらあっても足りない気がするのもまた事実。
「なに鍋にするかは決めてるん?」
蔵ノ介の問いに首を縦に振る。
「トマト鍋。鍋が終わったらご飯とチーズ入れてリゾットにしてもいいかなって思って」
蔵ノ介、チーズリゾット好きでしょう?
そう答えれば、「覚えててくれたんや」って優しく微笑う蔵ノ介。
「当たり前だよ。蔵ノ介に関することなら忘れないもん。…って、わっ!」
蔵ノ介の手が頭に伸びてきて、わしゃわしゃと撫でられる。
髪がぐちゃぐちゃになるけれど、そんなの気にならないくらい私は蔵ノ介に頭撫でて貰うのが好きだったりする。
学校に居るときはべたべたしてると周りの視線(特に女子からの)が痛いから甘えないようにしてる分、こうして貰えるのが尚更嬉しい。
「ほんなら、トマト鍋に合う具材、探しに行こか」
私の頭を撫でるのに満足したらしい蔵ノ介が再び左手を差し出してきたから、今度はそれをぎゅっと握り返すと、指を絡められて俗に言う恋人繋ぎをしてくれた。


「へい、らっしゃい!」
まず向かったのは魚屋さん。
トマト鍋なら海鮮を入れてもいいんじゃないかっていうのが蔵ノ介の案だった。
「どれがいいかな?」
「んー、お店の人に聞くんが1番ええんちゃう?」
答えるが早いか、蔵ノ介はすみません、とお店のおじさんに話しかけた。
流石、無駄がないことをモットーにしてるだけあって、やることなすことてきぱきしてる。
「トマト鍋なぁ。せやったらこっちの鱈がおすすめやで」
「やったらそいつを10人前、捌いてもろてもええです?」
「毎度!」
おじさんイチ押しの品を蔵ノ介は迷わず購入。
一旦調理場に消えたおじさんだが、すぐに鱈の切り身をパックに詰めて戻ってきた。
「ほんまは1400円やけど、にーちゃんかっこええから1200円にまけたるわ」
「おおきに」
口のうまいおじさんに蔵ノ介は笑顔を返す。
「しっかし、にーちゃんえらいなぁ。若いのにちゃんと奥さん手伝うて買い物しとるんや」
「へっ!?」
おじさんの口から飛び出した単語に私は素っ頓狂な声を出してしまった。
「なんや、新婚さんちゃうん?」
いやいやいや。新婚さんどころか付き合いだしてまだ2ヶ月もたってませんよ!
ていうかそれ以前に私たち高校生!
おじさんの言葉のせいで顔中に熱が集まる。
そんな私には、首を思いっきり横に振ることでしか答えることができなかった。
「実はまだ学生ですねん。ま、俺はひなとなら今すぐ新婚さんになってもええんですけどね」
「く、蔵ノ介!?」
何さらっと恥ずかしいこと言ってるの、この人は!
「あっはっは!公衆の面前でプロポーズとは、にーちゃんやるなぁ。にーちゃんの男気を称えて、そん鱈もう1人前おまけしたるわ!」
もってけドロボー!と豪快に笑うおじさんに、蔵ノ介は私の手から財布を奪い、中身の野口さんを渡していた。


「うぅ……、私恥ずかしくてもうあの商店街に近づけない……」
あれから、肉やら野菜やらを買うために数軒の店を回ったが、どこでも最初の魚屋さんと同じようなやり取りが交わされた。
まぁそのおかげで、予算内で当初の予定よりも多くの食材を仕入れられたのだけれど。
「ひなはほんまに恥ずかしがりややなぁ。俺はむしろ嬉しいけどなぁ」
「……材料安く買えるから?」
「阿呆」
「あだっ!」
蔵ノ介の長い指が額に勢いよく突き刺さる。
「新婚さんやって言われるんがや。俺らが傍から見てそう見えるから言われるんやろ?」
それは、そうかもしれないけど。
……うわ、考えたらまた一段と恥ずかしくなってきた。
手繋いで夕食の買い物とか、どれだけ甘い夫婦なの!
「言うとくけど、」
悶々としている私の肩を蔵ノ介が強引に抱き寄せる。

「さっき店の人らに言うてたこと、嘘やないからな?」

耳元で低く囁く声。

さっきお店の人たちに言ってたことって……。
冷やかされに冷やかされたさっきまでの出来事を脳内で高速再生する。

「『ひなとなら今すぐ新婚さんなってもええ』っていうやつ」

脳内リピートと傍らの蔵ノ介の声が重なった。
体中が一気に熱くなるのを感じる。
驚いて顔を上げれば、「ひな、耳まで真っ赤やで?」と悪戯めいた笑みを浮かべた蔵ノ介。

誰の所為だと思ってるの……!
恨めしげな目で見返せば、「すまんすまん」と頭を撫でられる。
「ま、今は早いトコ帰ってパーティーの準備しよか」
そろそろあいつら来るころやしな、と差し出された蔵ノ介の手は、いつもよりちょっとだけ熱かった。

もしかして、蔵ノ介も少しはドキドキしてたのかな。




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