「はぁー……」

終礼もおわり、普段ならとっくに帰路についてるはずの時間にもかかわらず、私は図書室にいた。
特に勉強に目覚めたとか読書したくなった訳でもなく、ただの暇つぶし。
なんとはなしに手にとった雑誌をぺらぺらと捲る。

何でこんなことになっているかというと、答えは簡単。
昨日の言い争いの結果、何とか見つけた妥協案が“白石の部活が終わるまで校内のどこかで私が待つ”というものだったから。
視線を窓の外に向ければ、目に鮮やかな黄色と黄緑色のジャージを着た人たちが元気よくテニスをしてる。
そして、彼らのいるコート周りのフェンスには黒山の人だかり。

よかった、あの中にいることだけは避けられて。

安堵の溜息をついて、ふと目線をずらすと、ミルクティーブラウンの髪の男子が見事にスマッシュを決めた。
途端に上がる黄色い歓声。

……窓閉め切ってあるはずなんだけどな、図書室は。

その声量だけで、あいつの人気者っぷりが知れる。

……ホント、あのコ達に騙されてること教えてあげたい。

なんて思いながらコート内に視線を向けると、白石が見事サービスエースを決めた。

「…………」

今、ほんの一瞬でもカッコいいかも、なんて思った自分、殴ってやりたい。

気の迷いを振り払おうと、手にした雑誌に集中しようとするも全然内容が入ってこない。
それどころか、テニスコートの様子が気になって、無意識のうちに窓の外に目がいってしまう。
何だか白石の思う壺にはまったみたいで、とても悔しかった。



***



それから1時間半。
コート周りの人だかりが捌けた頃合いを見計らって、テニスコートへ向かう。

上から見てるだけの私にも伝わってきた賑やかさが嘘みたいに静まり返った、男子テニス部の部室前。
他の部員に怪しまれない程度の距離をとって、白石が出てくるのを待ったーーんだけど。

「全然来ないじゃんっ!」

待てど暮らせど、白石は一向に現れない。

もしかして先帰ったとか?

だとしたら、相当腹立つっ!

待ち惚け喰わされた怒りを露わにして踵を返した、その時。

パシンっ!

テニス部の部室の向こうから、キレのいい乾いた音。

まさか、と思ってコート側に回ってみると、薄暗い中で独りボールを打ち続ける白石の姿があった。

「白石っ!」

フェンス越しに呼び掛けると、ラケットを振る手をとめて、こちらに足を向けた。

「朝岡? どないしたん?」
「どないした、じゃないわよ。あんたが一緒に帰ろうっていうから待ってたんじゃん」
「あ、」

……どうやら約束を忘れていたらしい。
これなら律儀に待たずに、先に帰ってればよかった。

「悪い、すぐ片付けるからもうちょい待ってて」

言うが早いか、白石は私の返事も聞かずにコートの方へ戻り、テキパキと片付けを始めた。

……私、待つとは一言も言ってないんだけど。

先に帰るとも言い出しにくい状況で、突っ立っていると。

「何ボサッとしてんねん」
「早っ!?」

いつの間にか制服に着替えた白石に横から声を掛けられた。
どんな早業だよ、全く。

行くで、と急かされて小走り気味に白石の隣に並ぶ。

「てか、白石ってテニス大好きなんだね」
「は?」
「ひとり自主練するくらいだもん。よっぽど好きじゃなきゃできないでしょ」
「そうか? それくらい当たり前やろ。俺は部長なんやから」

試合で勝つための努力を惜しむ訳にはいかない。

「割と快勝してたのに?」

私が偶然目にした一試合。
この白石を一瞬だけかっこいいと思ってしまうほど、素人目からみても上手だった。

「なんや見てたん?」
「たっ、たまたま目に入ったのっ!」

にやり、と笑みを浮かべた顔を近づけてくる白石。
うっかりときめいたことを見透かされてるみたいで、慌てて顔を背ける。

「四天宝寺の中で勝っとっても、全国には更に強い奴がぎょーさんおるからな。もっと完璧なプレイせんと、確実な勝利は得られんから」

何でもないような口調で降ってくる声。
だけど、ちらりと見えた白石の横顔からは、さっきまでの茶化すような笑みは消えていて、代わりに真剣な眼差しで空を見つめてた。

全国クラスの部長って、みんなこうなんだろうか。

「白石」

その痛々しいくらいなまでのひたむきさに心打たれて、思わず声を掛けていた。

「なん?」
「よし、よし」

振り返った白石の頭に手を伸ばして、ぽんぽんと優しく撫でる。
白石は一瞬だけ驚いたように目を瞠ったけど、すぐに渋面になって。

「……なんやねん」
「頑張ってる白石クンに朝岡さんからのご褒美です」
「アホか。んなもんいらんわ」

ぺしっ、と私の手を払い除けて、スタスタと歩き出す白石。
怒らせたかな、と慌てて後を追うと、斜め後ろから見える耳が赤い。

「白石、照れてるでしょ」
「……別に」
「嘘。耳、赤いよ」
「……喧しいわ、アホ」

そっぽ向いたまま、憎まれ口を叩く白石は、聖書だのなんだのともてはやされてる姿とは程遠くて、少し可愛らしく思えた。




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