早く終われ、と呪詛みたいに念じていたのが通じたのか、学年イチ終礼が長いことで有名なウチのクラスの担任の話が、今日は珍しく5分以内で終わった。
それに反して、他のクラスはまだ終わっていないのか、いつもなら騒がしいはずの廊下もまだ静か。
これなら、いけるっ!
嵐が来る前にずらかろうと、既に荷物をまとめた鞄を手にした瞬間。
俄かに廊下がざわついた。
徐々に広がるそのざわめきの大半は、女子生徒の黄色い悲鳴。
嵐がきなすったーっ!!
こうなれば、窓から逃げるしかないっ!
幸いなことに二年生の前半クラスがあるのは校舎の1階。
去年のクラスの仲いいコ達と上下階に離されたことを恨みもしたけど、今だけはこの采配に感謝しよう。
乗り越えようと、窓枠に手をかけた瞬間。
「そこは出入口とちゃうで、朝岡さん」
ぽん、と叩かれる肩。
「逃げるつもりやったんなら、わかっとるよな?」
そして、私にだけ聞こえるくらいの小さな声で低く囁かれる言葉。
「あははー、ニゲルダナンテソンナマサカ」
「えらい片言になってんで」
「気のせい気のせい」
腹をくくって逃亡を諦めると、白石君は人当たりのいい笑顔を浮かべて。
「ほな、行くで」
おもむろに差し出された手。
「行くでって……」
繋げ、と言うのだろうか。
珍獣でもみてるかのように、白石君との一連のやり取りを見物してた周りの女子に、どよめきが走る。
あの子、白石君の何なの。
棘を隠そうともしないこれ見よがしな言葉が飛び交う。
いやいや、ホント何でもないですから。
たまたま昨日、聖書と呼ばれてるこの人の本性垣間見てしまっただけで、あなた達が思うような羨ましい関係とかいっっさいないから!
と、声を大にして叫びたいけど、それが許されるはずもなく。
目だけで早よしろと訴える白石君の手を取った。
当然見物客のざわめきは大きくなる訳で。
あぁ、終わってしまった……。私の平穏な高校生活。
せっかくメンドくさいことにならないよう、波風ひとつ立てないでいようとしたのに。
それもこれも。
「全部白石のせいだ」
「あ?」
心の声が外に漏れていたらしく、咎めるような口調が頭上から降ってくる。
「いきなし呼び捨てか」
「私に百害しかもたらさないようなやつに君付けする必要性を感じないから」
「失礼なやつやな」
傍若無人なあんたに言われたくない。
コンマ0秒でそう思ったけど、言い返すとめんどくさそうだったので、心のうちに留めておく。
「……まぁええわ。そっちがそのつもりなら、俺も朝岡って呼び捨てにさせて貰うだけやから」
その方が尚更付き合ってるっぽいし。
にやり、と笑う白石とは対照的に、ぐっと呻いたのは私。
「ねぇ、私を監視するだけならそこまでそれらしさに拘る必要なくない?」
わざわざ公衆の面前で手を繋がされたりだとか、ひっそりとした高校生活を望む私にとっては迷惑極まりない。
「何や今頃気づいたん?」
片頬だけを吊り上げて、意地悪く笑う白石。
「こうしとれば自然と俺に言い寄ってくる女も減るやろ。朝岡の行動も見張れて、鬱陶しい奴らの相手も避けられる。俺にとっては一石二鳥や」
「なっ……、そんな話、聞いてないっ!」
「そりゃ言うてないし。言うたらあん時絶対頷かんかったやろ」
「当たり前でしょっ!」
さっきの数分のやり取りで、どれだけの女子を敵に回したことか、想像するだに恐ろしい。
「大体っ、女の子に言い寄られるの嫌なら、あんたの本性晒したほうが早いわっ!」
そうすれば夢見る乙女達も目が醒めるでしょうし、私だって静かな毎日を送れるのに。
「文句は間の悪い自分自身に言いや」
諸悪の根源は、悪びれる様子さえも見せないし。
ホント腹立つっ!
「あぁ、それから明日やけど、俺、部活あるから」
「あ、そう」
よかった、これなら今日みたいな災難は避けられる。
そう思ったのも束の間。
「やから、それ見に来てや」
「なんで」
「終わってからこーして一緒に帰ればええやろ」
「ヤダ」
「なんで」
「私は自分がかわいいの」
男子テニス部と言えば、どこぞのアイドルのコンサートかっていうくらいにギャラリーが集まる部活。
しかもそのギャラリーたちの大半の標的は、目の前にいるこの男。
そんな中に今日の明日で、さっき無駄に注目集めた私が飛び込んだら、文字通り飛んで火に入る夏の虫。
「やけど、フツー付き合うとったら近くで待つやろ」
「ホントに付き合ってるんじゃないんだから、別にいいでしょ」
「あかん」
「絶対嫌」
「待っとれって」
「い・や・だ」
「待、」
「いーやーだっ!」
駅(私が電車通学だから)につくまでの間、この不毛な言い争いは続いた。
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