今日は4月14日。
我が四天宝寺ではクリスマスやバレンタインと並んで学校中の女性が浮き足立つ日。
理由は簡単。
イケメン揃いの男子テニス部の中でも群を抜いて眉目秀麗、更には成績優秀、そして人当たりもばっちりな聖書こと白石蔵ノ介の誕生日だから。
世間で騒がれてるアイドルも目じゃないくらいの人気っぷりを誇る彼がいる隣のクラスには、朝からひっきりなしに女の子が押し寄せて、きゃいきゃいと騒いでいた。
騒ぎの中心である白石君も、爽やかな笑顔でそんな女の子の相手をしているーー
そんな光景が休み時間の度に繰り返されて。
私は廊下の窓からそれをぼんやりと眺めていたーーーー
だから。
ジャンケンに負けて押し付けられたゴミ捨て当番。
目的地である焼却炉の手前で私は押し固まることになった。
何故なら私の視線の先で、にこやかに受け取ってたはずのプレゼントを躊躇なく焼却炉に放り込む白石君の姿があったから。
何度瞬いても、目を擦っても、黙々と作業を続ける白石君の姿は消えず、信じ難い光景だけど、現実と認識せざるを得なかった。
しかし。
どう考えても、これは見たらマズイやつだよね。
メンドーなことにならないよう、見なかったことにして立ち去ろうと後退さると。
バキッ。
やや太めの木の枝が足元で乾いた音を立てた。
……昔から、私は運が悪い。
初詣のおみくじも凶ばかり。席替えのくじ引きも大抵最前列。
それは自覚してたけど。
だけどね、神様。
このタイミングで"バキッ"はないでしょーっ!?
偶然とはいえ、盗み見てたの白石君にバレちゃうじゃんっ!
「誰や?」
ほら、やっぱりぃぃ!
普段の白石君からは想像できないくらい厳しい誰何の声。
身を隠す場所を探して、おろおろする私をよそに、ツカツカと苛立ったような足音が着実にこちらへ迫る。
「……なんや、ゴミ捨て当番?」
「……はい」
咄嗟に背を向けた私に掛けられた、穏やかな声。
その声色だけならば、さっき見てしまった光景はやっぱり幻だったんじゃないかと思えてしまう。
そう、声だけなら、ね。
「やったら中身入ったままでどこ行くん?」
「あー、いや、ちょっと……」
優しげな問い掛けだけれど、"何逃げようとしてんだよ"と聞こえるのは、私の気のせいではないと思う。
その証拠に白石君に掴まれた手首が少し痛い。
「さっきの、見てたやろ?」
手首を握る白石君の手に、更に力が込められる。
「だったら何? 誰にも言うなとか口止めだけが用なら離してくれない? 言いふらすつもりは全くないから」
手加減なしで掴まれた腕を振りほどこうと身を翻して、白石君を睨み付けると、彼は数回目を瞬かせた後、口角を吊り上げた。
「……へぇ、随分と話の分かるやつやな」
「だって、言いふらしたところで誰も得しないでしょ。わかったら手を離して」
「それはできんな」
「何で!?」
「言葉だけじゃ信用できんわ」
吐き捨てるように断言した白石君の言葉に、思わず絶句。
「……じゃあどうしろって言うのよ」
ぶすくれた口調で返すと、白石君はその言葉を待っていたかのように、口元を笑みの形に歪めた。
「簡単や。俺と付き合いや」
「はぁっ!?」
話の筋を無視した内容に、思わず声が大きくなる。
「……大抵の女子ならここは諸手をあげて喜ぶんやけど」
「マイノリティーな反応で悪かったわねっ!」
とてつもなく自惚れた発言にかちんとくる。
「言っておくけど、その大多数の女子だって、あんたの本性知ったら離れてくでしょうよっ!」
「まぁ……、せやろな」
強い語調で言い返すと、白石君の顔が一瞬、痛みを堪えるように歪んだ気がした。
「何も特別なことはせんでええから。休み時間とか帰りとか、可能な限り俺の目の届くとこにおってくれれば」
白石君の言から察するに。
「……つまりは体良く監視するつもり?」
「そゆこと」
白石君は、話が早くて助かるわと、片頬を吊り上げた。
「そんなの余計にお断りだよっ」
何も知らない女子(まぁ数分前までは私もそのひとりだったんだけど)達の中に、ごまんといるはずのカノジョ志願者。
その人達を差し置いて、私みたいな凡人でかつ大して白石君に興味もないような人間が、突如として白石君と付き合いだしたら、何が起こるかなんて想像に難くない。
本物の恋人同士ならまだしも、お互いに恋愛感情もないのに、そんな面倒なことに巻き込まれるなんてまっぴらごめんだ。
「因みに自分に拒否権はないで? 朝岡さん」
「え、」
不意に苗字を呼ばれて固まる。
私、一度も名乗ってないよね?
それに過去に同じクラスや委員会で一緒になったこともない。
「2年2組朝岡千晴。ご丁寧に身長やら住所やらの項目まで埋めてあるんやな」
「あっ!?」
呆れた口調の白石君が手にしているのは、私の生徒手帳。
胸ポケットに入れておいたはずなのに、どうして。
「フツーに落ちてたで? よかったな、すぐ拾われて」
拾われた相手は最悪だけどね。
「……返してよ」
「返して欲しけりゃ、さっき俺が言った条件のむんやな」
「因みにそれを拒否ったら?」
「ここに書いてあること参考に、校内新聞にスキャンダルでっちあげたるわ」
そら恐ろしいことをしれっとした顔で宣う白石君。
どっちに転んでも私の平穏な高校生活は終わりじゃないか。
「……わかったよ。付き合ってるフリすりゃいいんでしょ」
最低最悪な二択問題。
正直どっちも選びたくはなかったけれど、最終的にダメージの少ない方を選択した。
「言っておくけど、私そーいう経験ないから、それらしくは振る舞えないよ」
暗に無理だと伝えたつもりだったけど、白石君はにやりと笑って。
「心配せんでも大丈夫や。俺がリードしたるから」
と、余裕の発言。
「まずは明日一緒に帰るとこからはじめよか」
提案するような言葉の裏に、否とは言わせぬ圧力。
私はそれに首を縦に振るしかなかった。
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