「ほら、早く頭拭きなよ」

片付けを終えて、ぼんやり突っ立っていた白石を部室に放り込む。
びしょ濡れなんだから早く着替えればいいのに、白石はベンチに腰を下ろして項垂れるだけ。
悪いな、とは思ったけど、このままだと100パーセント風邪を引いてしまうので、白石の鞄を漁って見つけたタオルを渡す。
だけど、頭にタオルを被った白石はまるで石になったかのように固まったまま。

「だぁー、もうっ!」

うだうだしてる白石に腹が立って、奴の頭を乱暴にタオルで拭く。

「たかが1回、練習試合に負けただけでしょうがっ! いつま、」

言葉が続かなくなったのは、それまで動かなかった白石が、急に私の腰を抱き寄せたから。

「……どう、したの?」

動揺を悟られないように、つとめて平静を装った声で訊ねる。

「もう、ダメや……。こんなん白石蔵ノ介やない……」
「だから何で、」

何で自分のことを他人のように言うの、と口にしようとしてふと気づく。

「……ねぇ、あんたが時々口にする“白石蔵ノ介”って、周りの人たちが思い描いてる姿のこと?」

その問いに返されたのは、力のない首肯。

「何につけても完璧で無駄のない……。それが白石蔵ノ介や。やのに試合には負けるわ、挽回の練習かて上手くいかんし……。こんなんじゃ誰も俺を俺やと認めて、」
「バカっ!」

私の罵声と一緒に響く乾いた音。
両手で頬を叩くと、驚きで丸くなった白石の瞳が、漸くマトモに私を映した。

「あのねぇ、何も知らない他人の評価が一体なんぼのもんだってのよっ! あんたは部活終わった後も毎日のように自主練とかして、人並み以上の努力してたでしょうがっ!」

最初こそは帰宅時間を延ばされることに不満たらたらだったけど、今ではもうその姿を尊敬すらしている。
「それは間違いなくあんた自身の力になってる! たかが一試合、それも練習試合ごときに負けたくらいで否定しないでっ、自分で自分を見失わないでっ!」

言いたいことを全て吐き出すと、きょとんとした表情の白石と見つめ合う形で固まる。
にらめっこのようにずっと視線がかち合っていると、だんだん気恥ずかしくなってきて顔中に熱が集まってくる。

「……ふはっ!」

恥ずかしさが限界に達する直前、白石が突然吹き出した。

「なっ、なんなのよ、突然!」

爆笑中の白石に噛み付くと、白石はどこかすっきりとした表情を向ける。

「いやー、朝岡に言われて、よーやくアホさ加減に気づいた自分が情けなくてな。自嘲してん」
「ふぅん……って、さり気なく私をバカにしてないかっ!?」
「バレたか」

いつも通りの意地悪い笑みを浮かべた白石に、なにおぅ、と噛みつこうとすると、頭をポンポンと撫でられて、毒気を抜かされてしまう。


「……なによ」
「とりあえずお礼? 朝岡のおかげで見失っとった自分を取り戻せたからな」

訝しげな顔をした私に、白石が見せたのは、今までに見たことない柔らかな笑顔。

……くそっ、そんな顔されたらドキドキしちゃうじゃんか。

「それはなにより」

心中を悟られないようにそっぽを向いて、頭に乗ってた白石の手をどける。

「だったら、さっさと濡れた頭なんとかして着替えなよ。これで風邪なんか引いたらもっと情けないよ」
「せやな」

肩越しに盗み見た白石は、さっきまでの頼りない姿が見間違いかと思うくらい、いつも通りの自分自身を取り戻していた。




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