めんどくさいテストも終わり、色んな部活が夏のインハイに向けた準備に入る中、テニス部でも練習試合が行われた。
そこで信じられない出来事が起こった。

なんと、あの白石が負けたのだ。

僅差であったとはいえ、相手は関西大会止まりの学校だったから、私を含め、その試合を観ていた全員が自分の目を疑った。

そこからだ。白石の様子が何だかおかしいのは。

「先帰れ、か」

白石に強制的に交換させられた連絡先。
それに初めて私からメッセージを送ると、ほぼ単語のみに近い言葉が返された。

脳裏に蘇るのは、白石とこんな関係になったはじめの頃、あいつに言われてテニス部の練習が終わるまで待たされた時のこと。
またあの時みたいに、ひとり居残り練習でもするつもりなのかもしれない。

……なんか、心配だな。

校内試合の時でさえ、少し調子悪いだけであんなにこんつめて練習していたのだ。
今回の場合は一晩中練習してたっておかしくない。

この心配が杞憂に終わることを祈りつつ、白石の帰りを待つことにした。



***



昼前からどんよりし始めた空は、授業が終わる頃になると、耐えかねたようにしとしとと泣き出した。

すぐにグラウンドはぐちゃぐちゃになって、外の部活の多くは急遽オフになったり、校内での筋トレメニューに変更したりしていた。
テニス部にもどうやらオフの連絡があったみたいで、クラスメイトの忍足君が残念そうな顔をしていた。

今日に限って他のクラスより10分以上長引いた終礼。
急いで白石のクラスを訪ねるも姿はなく。
昇降口にも普段待ち合わせしてる自転車置き場にもいなかった。

先に帰った、と考えればいいのだけど、どうにも嫌な予感が拭えない。

雨足が強まる中、テニスコートへと向かう。

そして、案の定ひとりボールを打ち続ける白石の姿を見つけた。

「なにやってんのっ!」

フェンス越しに叫んでも、白石には届いてないらしく、ラケットを振る腕は止まらない。

「白石っ!」

コート内に入って名前を叫ぶと、漸く白石の顔がこちらを向いた。

「なにしてんねん、朝岡」
「それはこっちのセリフだよっ! こんな雨なのに何やってんのよ」
「練習」

みたらわかるだろ、と言いたげな視線に腹が立つ。

「そうじゃなくて! 雨の中わざわざやる必要があるのかって言ってんのっ!」
「あるに決まってるやろ。やないと、部長としての立場がなくなるわ」
「あーもうっ!」

尚も練習を続けようとする白石から、ラケットを無理矢理取り上げる。

「今日はもうおしまいっ! 片付けるからね!」

片手に傘があるから、ボール拾うにしても不便で仕方ない。
のんびりしてると、また白石がボールを打ち始めるんじゃないかとヒヤヒヤしたけど、予想に反して、白石は微動だにしなかった。

「ボーっとしてないで、片付けてよ」

焦点の定まらないあいつの視線の先で、手を振って声をかける。
断られるかな、と思ったけれど、白石は存外素直に頷いて、濡れ鼠になりながら、テキパキとボールを集めてくれた。

そして、頷いた時、どことなくホッとした表情を浮かべたのを、私は見逃さなかった。




-9-


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