02



来た道を引き返して向かう先は、決勝が行われていたメインアリーナ。
去年までは観客席から眺めるだけだったそのコート。
ついさっきくぐったばかりのそれに通じる入口を抜ければ、会場のど真ん中に蔵がひとり佇んでいた。

「蔵」

歓声に包まれていた先ほどまでとは違い、今は静寂に覆われているため、そんなに大きな声で呼んだ訳でもないのに、自分の声がいやに響いた。

こちらを向いた蔵は私に目を止めると、柔らかく微笑んで、おいでと言うように手招きする。
それに従って蔵の左隣に立てば、空いていた右手が、包帯の巻かれた彼の手にぎゅっと包まれた。

「……夏、終わってしもたな」
「……うん」

ぽつり、と落とされる蔵の言葉。
静かな、まるで独り言のようなそれに相槌を打つしかできない私。

「俺にとって、これが最後やった。やから、全力を尽くした」
「うん」

知ってるよ。
全国が近付くにつれて、蔵がいつも以上に練習していたこと。
私はずっと隣でみてたから。

「やから、試合に悔いはないんや」
「うん」

きっと蔵だけでなく、今回この大会に出場した誰もがそうだろう。
みんな、自分の全力を出し切って、それで勝敗がついたのだ。
試合内容はどれも素晴らしいものだった。

「せやけど、どうしても思うてしまうんや」

ぎゅうっと私の手を握る力が強くなる。

「やっぱし優勝したかった、って」

それは当然だ。
蔵は6年間、ずっとそれに向けて頑張っていたんだから。

「みんながみんな、自分の力を出し切った試合や。せやから、あれが今の俺らの最善の結果やったんやと思う」
「うん、」

誰かのせいで負けたんじゃない。
それは他のみんなも思っていること。

「自分自身の試合に、悔いはない。これは嘘やないんや。せやけど、」

淡々と語る蔵の声が、だんだん掠れて熱を帯びる。

「どうしても悔しくて悔しくてしゃーないんや……っ!」
「蔵……っ!」

隣に立つ蔵の顔は、アリーナの屋根を見上げているから、私には表情はわからない。
だけど悲痛な声にいてもたってもいられなくなって、思わず蔵を抱きしめた。
彼の胸板に顔を押し付けると、自然と涙が毀れた。

「……ひな、ごめんな。優勝旗持たせてやれんくて。ミサンガ作って応援してくれてたんに」

揺れる声に、首を思いっきり横に振って答える。

「もう少しこのままでおってもええ……?」

言葉の代わりに、蔵を抱きしめる腕の力を強める。

「おおきに」

私の意図を理解した蔵も、私の背中に回している腕に力を込めた。
布越しに伝わる蔵の腕の温度はいつもよりずっと熱い。
その熱と、静か過ぎるこの空間に時折響く、私のものではない嗚咽。

蔵、お疲れ様。

そう声をかけてあげたいのに、しゃくりあげるだけの喉は音を出せない。

蔵の努力を、想いを。
彼がこの大会に賭けてきた全てを知っているからこそ、その2つは私の涙を更に加速させる。


私たちはそうして暫くの間2人でずっと泣き続けていた。



全国大会
(今だけは思いっきり泣いていよう)
(明日からまた笑えるために)




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