03



中に入ると、当然ながら完全なる闇で、目が慣れるまで少し時間を要する。

「いや〜ん。暗いの怖いわぁ」
「だ、大丈夫やで小春!俺が護ったる!」
「きゃ、ユウ君頼りになるわ〜」
「当たり前やろ!」

入って早々漫才繰り広げだしたラブルス先輩らはもう放っておこう。

「っで!?」
「おぎゃっ!?」
とりあえず先に進もう思たら、何かにぶつかった。
何やねん、と思うてよくみれば、突っ立っとるだけの謙也さん。
めっちゃびびった顔しとるわ。

「何してるんスか」
「な、何や財前か……。脅かすなや」
「別に脅かしてませんて。ちゅうか、早よ進んで下さいや」
「え、俺先頭なんっ!?」
「当たり前でしょ、1番最初に入ったんやから」

まぁ、正確に言えば謙也さんは“入った”んやなくて“入れられた”んやけど。

「いやいやいや!そんなんで順番決めんで欲しいわ!」
「何や謙也さん、いつもは自分が1番乗りやないと気がすまへんくせに」
「それとこれとは別や!」

普段は浪速のスピードスターがどうとかこうとか言わはって、何でも1番を狙う謙也さんがここまで言うとは、余程お化け屋敷が嫌いらしい。

……あ。えぇこと思いついた。

「さいですか。それならそれで構しませんけど、謙也さんほんまにええんですか?」

にやり、と口元を歪めながらあたかも心配しとる声音で謙也さんに訊ねる。

「こーいうのって、大抵後ろから追っかけてくるのがセオリーですけど」
「マジかっ!!?」
「ほんまです」

真面目な顔で頷くと、謙也さんはあたふたしながら「や、やっぱ俺が先頭行くわ!」と張り切って前に出た、瞬間。

バサっ

頭上から長い髪を垂らし、口に鎌を咥えた女が逆さ吊りで降ってきた。

「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁーっ!!!」
「先輩喧しいっス、わ……?」

大絶叫をあげた謙也さんにツッコミつつそちらを見ると視界に入るのは女だけ。

「ぁぁぁー……」

そして余韻を残して彼方へ消えていく悲鳴。

流石浪速のスピードスター。
逃げ足も速いねんな。

「敬意を込めて浪速のヘタレスターと呼んだるか……って!?」
「摩可般若波羅弥陀心経……」

独り呟いた瞬間、背後から突然もれ聞こえる般若心経。
驚いて振り返ると、師範が眼を瞑って一心不乱に口を動かしている。

「はぁ〜……。師範、びびらせんといて下さいや」
「観自在菩薩……早よ成仏しなはれ……」
「いやいやいや。師範これ、作りもんっスから」

本当に幽霊の1体や2体くらい成仏させられそうな気を発して経を唱える師範に思わずつっこんでしもた。
せやけど、師範は全く意に介した様子もなく、真剣に経を上げ続ける。

「……師範?もしかして怖いんですか?」
「ぬーん」
「え?怖くはない?せやったらなして経なんぞ」
「ぬ、ぬーん……」
「気にしたらあかんって? ……はぁ。まぁええですわ」

驚いたわ。
あの師範にも苦手なものがあるやなんて。

「しゃーない、日和。先行こか……、て、日和?」

般若心経を唱え終わるまで動かなさそうな師範を置いて先に行こうと提案したところで、漸く違和感に気づいた。
普段やったら師範の様子とか、謙也さんの情けない姿とかにはしゃいでそうな、あの声がない。
おかしいなと思うて来た道を引き返すと、入口付近で何かに気躓いた。

「だっ!?」

ぶつかったものが声を上げる。

「……日和?」

怪訝に思い足元に目を遣ると、地べたにへたり込む幼馴染。

「何してんねん、自分」
「いやー……、ちょっと腰抜けてしもて……」
「は?」

あはは、と乾いた笑いを漏らす日和曰く。

まず、1番最後に入った彼女は、後発組を脅かそうと入口付近にあった井戸の陰に隠れたらしい。
だが、俺らが通った時は何の変哲もなかったその井戸から突然ろくろ首が顔を出した。
そしてタイミングよく微かに聞こえる般若心経。
てっきりただのお飾りだと思うてた日和は、立て続けに起こった予想外の出来事に、人をびびらす前に自分が驚いて、腰を抜かしてしまった……ということらしい。

こいつらしいといえばらしいんやけど。

「…………自分、阿呆やろ」
「なぁっ!?」

はぁ〜、と重い溜息が出る。

「ちゅうか自業自得や」

反論しようとした日和をじとっと睨めば、彼女も、「うっ、」と言葉に詰まる。

「大体、ここに来たい言うて来たんは自分やろ?」
「う゛ぅ……」
「ま、時間が経てば自力で立ち上がれるやろ」
「ちょ、ひーくんっ!?」

それまで頑張れ、と言い残して去ろうとしたら、後ろから涙ぐんだ声で呼び止められる。

「なん?」
「ウチも連れてって!」

どこか必死さが滲む声に、足を止めて暫し考える。

「……善哉」
「は?」
「善哉奢るっちゅうなら助けたるわ」
「善哉でもあんみつでも何でも奢るから!」
「言うたな?」

忘れるんやないで、と前置きして、座り込む日和に背を向ける。

「ほれ、おぶったるから掴まり」
「……うん」

いつもの元気はどこへやら。
しおらしく頷いて日和が俺の肩に手を回す。

「よ……っと」

立ち上がってしっかりと彼女をおぶると、背中に触れる小さな身体が小刻みに震えていた。

「……アホ日和。謙也さん並の怖がりが、こないなとこ来るとか言うなっちゅう話や」

そう嘆息を漏らすと、背中で小さく「ごめんなさい」と呟く。
普段は何かしらの反論をしてくる日和が、こないに素直なんは珍しい。

それだけ怖かったちゅうことなんやろな。

「……目、瞑っとき。ちゃんと出口まで運んだるから」
「うん。……ひーくん、ありがと」

全く、世話の焼ける幼馴染や。





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