すっかりと日が暮れた街並み。
ひとつ、またひとつと街灯が燈されて、夜闇に彩りを添えていく。
「はぁー、楽しかったぁ」
白石の隣に並んで紡いだ言葉が、外気に触れて白く染まる。
「来栖に喜んで貰えて嬉しいわ」
12/24。クリスマスイブ。
白石にかけられとった猫化の呪縛が解けてからひと月と少し。
記念すべき初デートが今日だった。
映画観て、ランチして、ささやかながらプレゼント交換もして。
恋人同士らしいやり取りが気恥ずかしかったけれど、好きな人と一緒にいられる時間は、やっぱり幸せで、普段よりも時間が経つのが早く感じてしまう。
「なんか、あっという間やね」
「せやな」
名残惜しくて、僅かに歩くスピードを緩めると、白石の歩幅も、ウチの速さに応じて狭くなる。
「ホンマ、あっという間すぎて帰したくなくなるわ」
気障な台詞をさらっと吐いて、背後からいきなりぎゅっと抱きしめられた。
「ちょっ、白石……っ!」
真っ赤になって硬直するウチを余所に、白石はウチの頭に顔を近づけて、「絶頂」と、恥ずかしい決まり文句を宣いよる。
そして、ひと通り抱きしめると満足したのか、静かに白石の熱が離れた。
「来栖、真っ赤」
「白石のせいやで」
口を尖らせるウチに対して、白石はすまんすまんと謝る。
「お詫びにええトコ、連れてったるわ」
***
「うわぁ……っ!」
白石に導かれた先にあったのは、ウチの身長の3倍近くもある巨大なクリスマスツリー。
カラフルなイルミネーションに彩られ、楽しそうに笑っとる。
「あ、にゃんこ」
吊されたオーナメントの中に、サンタ帽を被った猫があった。
「珍しいやろ?これ見つけた時、絶対来栖に見せたろ思て」
「気に入った?」という白石の問に力いっぱい頷くと、端正な顔が柔らかに綻ぶ。
「白石、連れて来てくれておおきに」
精一杯の感謝を伝えたくて、白石の左手を両手で包み込む。
どういたしましてと一緒に、再び白石の腕の中に納められた。
「なぁ、来栖」
そのまま暫く続いた静寂を、白石の声が破る。
「何?」
「目、瞑って」
どことなく艶っぽいそれに従えば、白石の冷たい指先がそっと頬に触れた。
ドクン。
ドクドク。
普段より明らかに速いテンポで刻まれる鼓動。
聴覚の大部分がその音に占領されとる中、閉じた瞼越しに感じる白石の顔が近づく気配。
そして、それがゼロ距離になる――直前。
「ひゃっ!?」
「どないした?」
鼻っ柱に冷たい何かが当たった。
「わかんないけど、鼻に冷たいモンが、」
そう言うてるうちに、視界の隅を何かがひらりと霞める。
夜色の空を見上げれば、次々と白い結晶が、空から舞い降りてきた。
「雪!?」
ひとつ、またひとつと、地面に触れた雪が溶けて染みを作っていく。
「そういや、所によっては降るかもて、お天気オネーサンが言うてたなぁ」
「ホワイトクリスマス、やね」
「せやな」
にっこりと微笑む白石。
せやけど、さっきまでの笑顔とは、何か違う。
「…………あの、」
「なん?」
「…………手、」
「て?」
「…………離して、下さい」
違和感を感じたんと、他にも気になるトコがあったから、勇気を出して訊いてみるけども。
「ヤダ」
「え゛」
にべもなく突っぱねられた。
何でやねん。
「何でて、当たり前やろ。付き合って1ヶ月。俺がどんだけ我慢してきたと思うてるん?」
心の声に見事ツッコミを入れてくれた白石の表情をまじまじとみて、漸く違和感の正体気づいた。
白石、いつのまにか目が全然笑ってへんっ!
綺麗に口元だけを笑みの形に歪めとるんや……!
「もしかして、怒っとる……?」
「いや、怒ってはおらんで?でも、これ以上我慢させられたら怒る」
「つまりウチに逃げるっちゅう選択肢は……、」
「勿論なしやで?」
疑問符つきやけど、有無を言わせない口調で断言された。
「ちゅう訳で、もっかい目、瞑って?」
言われるがままに、目を瞑れば、顎を持ち上げられて、唇に落とされる熱。
角度を変え、濃度を変え、何度も何度も繰り替えされる。
「……来栖、」
愛しとるで。
生まれて初めてのキスに、身体中の力が抜けたウチを抱き留めて、ウチの耳たぶに唇を寄せた、白石の甘い声が囁いた。
Happy Merry Christmas
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