あれから一応落ち着きを取り戻した俺は、謙也と侑士君から大体の事情を聞いた。

「にゃぁ〜あ(成程)」
(つまり俺は、謙也んちの冷蔵庫にあった変な薬を栄養ドリンクやと勘違いして飲んでしもたっちゅうわけか)
「「おん」」

流石従兄弟というだけあって、息ぴったりの忍足ズ。
さっきまでは俺の言葉(猫語)を全く解さへんかったけど、どうやら喋っとるうちに慣れてきたらしい。

「にゃ(で)?」

猫にしては随分と低い声が出た。

(なしてそないに物騒なもんが平然と冷蔵庫に保管されとるんかなぁ?)
「お、おお俺ちゃうで!こないだの盆で侑士が帰ってきたときに、俺もしらんうちに冷蔵庫に置いてったんや!」
「いや、俺ちゃーんと言うたで?乾特製ドリンク置いてくでって」
「んなん知らんわ!」
「そうか。流石スピードスターだけあって物忘れも年取るんも早いやな」
「今スピスタ関係あれへんやろ!」
「そうやってなんでもすぐ省略する」
「ええやんか別に!」

ドンっ!

猫の手(前足?)で謙也の机を思いっきし踏みつけると、口喧嘩をはじめた2人の動きがぴたりと止まる。
(お前ら、ええ加減にしぃや?)
「「はい……。スンマセン」」

口を揃えて猫に謝る男2人。
傍からみたらえっらいシュールな光景やろなぁ。
視界の端に映る跡部君も幸村君も苦笑いを浮かべとる。

「……にゃ(それで)?」
(なして侑士君はこないな薬作っててん?)
「それは、あれや。ちょっとした人助けや」
(……は?)
「そのことに関しては俺たちからも説明しよう」

侑士君の答えの意味が分からず首を傾げる俺の前に現れたのは、青学の乾君と立海の柳君やった。
ちゅうか、

「この2人(俺たち)まで関係してるのか、とお前は言う」

……心のツッコミを見事柳君に読まれてしもた。
行き場をなくした左の前足を戻して、2人を見上げる。

「すまん、白石。忍足の誘いが面白そうでついノってしまったんだ」

という乾君曰く。

今年の7月、俺ら四天宝寺は関東大会の視察に行った。
その時、侑士君は偶然謙也と、ウチのマネージャーで今年氷帝から転校してきた石蕗さんの様子をみて、謙也が彼女を好きやと気ぃついた。
んでもって従兄弟のよしみで応援したろと思うたはええけど、顔を合わせるたびに何かにつけて競い合う忍足ズの片割れとしては、タダで応援するんは嫌やったらしい。

「せやから、乾に話を持ちかけたんや。これを飲めば恋愛成就。せやけど飲むのを躊躇うてしまうようなドリンクを開発せえへんかって」
「ふにゃぁーあ(ほーん)」

要するにこれは謙也に対する侑士君の嫌がらせのとばっちりっちゅうこっちゃな。
じとっとした目で謙也を見据える。
何でさっさと飲まんかったんや、このヘタレ。

「ちょ、ヘタレ言うなや白石!乾特製やーなんて言われて、誰が飲むか!」

念を込めた視線を送れば、これまたヘタレな答えが返される。

ちゅうかばっちり覚えとるやん。
……まぁ青汁好きやーなんて言うておきながら、乾特製野菜汁飲めへんかった男やからしゃーないか。

「頼むからその哀れむような視線やめや!」とか言うてる謙也はもう放っておこう。

「因みに白石、味についての感想は?」

ぬ、と顔を近づけてくる乾君。
その手にはちゃっかりデータノートとシャーペンが握られとる。

(……猫になったショックで味のことなんて覚えてへんわ)
「そうか」

表情にはあまりでないものの、その声には聊か落胆の色が混じっていた。

……それにしても。
(恋愛成就の薬がなして猫になる薬になるんや?)

「すまない。その原因は多分俺にある」

眉尻を下げて、深々と頭を垂れたのは柳君。

「薬の開発の相談を貞治から受けてな、参考資料を借りようと精市の家を訪れたのだ。だが、その際見繕ってきた書物の中に、手違いで幸村家に伝わる秘伝の書が混じってしまったようなのだ」
(秘伝の書?)

何やそれ、と首を傾げる俺の前に、幸村君が差し出してきた1冊の和綴じの本。

「因みに白石が飲んでしまったものの元はコレだよ」

筆書きの字が並ぶ書物の中身の大半は薬草や毒草の名前。
そのほとんどは俺が知ってるものばっかしやったけど、幸村君が示した薬の材料の中にひとつだけ、毒草マニアといわれる俺でも目にしたことがない名前があった。
漢字の並びを見るにどうも当て字っぽいっちゅうことはわかるんやけど。

「にゃーあ(何やこれ)?」

書物の所持者である幸村君ならわかるかと思うて訊ねると、彼はそれはもう綺麗な笑みの形に口元を歪めた。

「それこそが君が猫化した原因の薬草だよ。この世界で栽培しているは俺くらいじゃないかな」
「にゃっ(はっ)?」

ちょい待ちや。
この世界で栽培してるんは幸村君だけっちゅうことは、つまり。

(新種の薬草……か?)
「いいや」

まぁその可能性は低いやろうとは思うてたけど、そうなると辿り着く答えは非現実的なものしか残らない。

(まさかとは思うけど……その薬草、この世界のもんちゃうっちゅうことか?)
「うーん、まぁ、そういうことになるよね」

柔らかな微笑に苦味を滲ませて言葉を濁す幸村君。

(そういうことになるちゃうわ!なして幸村君そないなもん持ってんねん!はっ、もしかして自分あれかっ!?鏡とか使うて別世界と行き来してるんかっ!?それともどっかの王国のものっそい中途半端なホームから出る列車に乗って異世界に旅立ってるんかっ!?)

やってテニスで五感奪えてしまうようなやつや。
ありえへん話でもなさそうやし、寧ろあの技は魔法といわれたほうが納得できる、色んな意味で。

「……白石?余計な詮索はしないほうが身のためだよ?」

つらつらと考えとったら、思考が駄々漏れしていたらしく、幸村君の背後に黒い何かが垣間見えた。
瞬間、全身が総毛立ち、咄嗟に謙也の肩に避難する。
重いとかいう文句が聞こえたけど、そんなん構うとる場合やない。
とにかくやばいと本能が(人間としてなのか猫としてなのかはわからんけど)訴えてんねん。

「……精市。脅すのもそのへんにしておいたらどうだ?今回は我々に非がある」
「そうともいうね」

クスリと笑った幸村君に、本来ならそうとしか言わへんわっ!というツッコミを入れたいところだが、後が怖いので大人しゅうしとく。

「この薬草は掛け合わせる他の薬草の種類によって様々な効果をもたらすものでね。恋愛成就……というか、媚薬のような効果を求めるなら、本来は単独ですりつぶして使用しなくてはいけないんだ」
「ところが、調子に乗っていた忍足と貞治がそこの部分を見落としていてな。手当たり次第にそういった効果をもたらす薬草を混ぜていったら、動物に変身する薬になってしまったようなんだ」

2人とももう1度謝っておけ、という柳君の言葉に侑士君と乾君が深々と頭を下げる。

(済んだことはもうええわ。それよりも、早よ人間の姿に戻してや)

猫の言葉で2人にそう訴えると、乾君と侑士君は困ったように顔を見合わせる。

(何やねん、まさか元に戻る方法ないっちゅうんちゃうやろな……?)

前足の爪を伸ばして、2人の目の前にちらつかせる。
きっと人間の姿やったら、さっきの幸村君と同じくらい黒い笑顔になってるんやろな、俺。

「それはあらへんっ!断じてそれはあらへんのやけど……」
「姿を変える薬っていうのは、押しなべて解毒剤の生成が困難なんだ」

言葉を濁す侑士君を見かねたのか、幸村君が助け舟を出す。

「とりあえず、俺様も幸村の揃えた解毒剤の材料と生成方法が書かれた資料をを持って、跡部財閥の製薬開発部門に掛け合ってみたんだが……。精一杯の努力はしますという返答しか返ってこなかった」

そして幸村君に続けられた跡部君の言葉に目を瞠る。

ちゅうか俺としては寧ろ、跡部財閥の製薬部門の人たちが、人間が猫に変わるっちゅう現実離れした話を信じてくれただけでも驚きや。
そこもやはり跡部君に備わっとるカリスマ性の力なんやろうか。

「そこで、だ。お前が気を失っている間に、幸村を中心に他の方法を検討してみたんだが……」
(だが、何や?まさか他に方法はないんか?)

口篭る跡部君を見て、背中に嫌な汗が流れる気がした。「方法はあるにはある。だが流石魔法の薬草といったところか。それがまた特殊でな。実行するにはかなりの覚悟がいる」

跡部君の重々しい物言いに、思わず唾を飲み込む。

「跡部。そんな重苦しい言い方しなくてもいいじゃないか。方法自体はいたって簡単なんだから」

これだよ、と幸村君が指したのは、さっきの書物の一部分。
その一節を見て、俺は目を疑った。

(な、なぁ、幸村君)
「何だい?」
(君が指差しとる部分に、「相思相愛」とか「接吻」っちゅう単語が見えるんは俺の気のせいやんな?)
「あはは、白石何言ってるの。君、視力は悪くないだろう?」

見間違いやったらええなっちゅう俺の淡い希望は無残に打ち砕かれた。

「御伽噺にもあったじゃないか。醜い獣に変えられた王子様が真実の愛で本当の姿に戻るってやつ。それと一緒だよ」

さも当然と言わんばかりの幸村君の言葉を咀嚼して、混乱する寸前の頭を何とか働かせる。

(それはつまり……)
「恋人になった女性とキスしたら元に戻れるってことだね」

爽やかな笑顔で告げられた答えに、目の前が真っ暗になった気がした。





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