猫になった白石と2人、どれくらいそうしていたんやろう。
ポケットで震えたケータイで我に返って、それをとれば、

『どこにおるんや、暁!』

と、焦ったような謙也の声。

「四天宝寺近くの、公園……。白石も、一緒や。猫のままやけど……」
『そうか……。とりあえず今からそっち行くわ。白石のこれからについては、侑士ら連れてってそっちで話す』
「うん……。白石にも伝えとく」

ぴ、と電源ボタンを押して、通話を切る。

「聞こえとった?謙也が侑士とか連れて迎えに来るって。白石のこれからのことも決めるって」
「にゃあ(おん)」

多分理解したんやろう猫白石を膝に乗せ、その背中をそっと撫でると、気持ちええんか、目を細めた。

「なぁ、白石」
「にゃあ(なん)?」
「白石が、元に戻る方法って、全然ないん?」

そう訊ねると、彼は躊躇いがちに、尻尾を振った。
ないわけではない、と言うたとこやろか。

「何かあるんやったら、教えて?」

ウチに答えるためか、白石はひらりと地面に降りて、器用にも尻尾で砂地に文字を書く。

「げ……ど、解毒薬、か、き……っ!?」

『げどくやく か キス』

白石が地面に書き表した言葉に目を瞠った。

キスで元に戻るやなんて。

「ホンマに『美女と野獣』みたいやな」

ウチは決して美女やないし、白石かて野獣やのうて可愛らしいにゃんこやけど。

「……よし」
「にゃ(なん)?」

意志を固めて、そっと白石を抱き上げる。

キスは恥ずかしいけど、白石が元に戻れるチャンスがあるのなら、少しでも賭けてみたい。

「にゃあ(来栖)?」

まん丸い猫の目が戸惑いの色を映して、更に丸くなる。

大丈夫、これは白石やのうて、にゃんのすけやから。

できるだけ白石やっちゅうことを意識せんようにして、そっと顔を近づける。

じゃれるときみたいに、さりげなく。

目を瞑ってにゃんのすけの口元に自分の唇を当てると、柔らかな毛並みの感触がした。

瞬間。

バフンっ!

「あたっ!?」
激しい爆発音と共に、ベンチに背中を打ち付ける。
そして、上に乗っかる温かな重み。

「ちょ、白石、重い……」

見慣れたミルクティ色の髪が、ウチの頬を擽る。

「う……、っわぁっ!?」

ゆるゆると開かれた茶色い瞳が、ウチを捉えると、白石は奇声をあげて飛び退いた。

そして、ぺたぺたと自分の顔や体を確かめるように触ってく。

「来栖……、」
「なん?」
「俺、もしかして戻れとる……?」
「おん、ばっちりや」

恐る恐ると訊ねてくる彼に、親指を立てて見せて、制服の胸ポケットに入ってた手鏡を向けたる。

「ホンマや……戻れとる……」

夢やないやんな?

と、問う彼の手を両手でそっと包み込む。

「白石、わかるやろ。ウチの手の感触。せやから夢やないよ」

微笑みを向けると、白石は何度か目を瞬かせた後。

「おおきに、来栖っ!」

ぎゅっと飛びついてきた。

「ぎゃ、ちょ、白石っ!!」

突然のことに対処しきれずに、せっかく起こした身体が、再びベンチに押し倒される。

「くぉらーっ、白石!何してんねんっ!」

そして、同時に公園内に響く、謙也の叫び声。

「なんだ、すっかり元に戻ってるじゃねーの」
「ちゅうか白石、がっつきすぎやで?暁が真っ赤になっとるわ」

そして、どこか偉そうな口ぶりの声と、久しぶりに耳にした侑士の声。

「白石っ、さっさと退いてっ!」

醜態を見られた恥ずかしさに突き飛ばせば、白石は見事にベンチから転げ落ちる。

「ふむ。さすがの白石も彼女に対しては隙ができるようだな」
「普段の白石ならば、ガードできた確率93%」
「いや貞治、それはベンチから落ちなかった確率だろう。ガード率は89%だ」
「ってて……、人がコケとるとこに冷静な分析はやめてくれるか、乾君に柳君」

顔を薄紅色を染めて、片手で後頭部を抑える白石。
その姿がなんだかとっても似合うてへんくて。

その場にいた全員が笑った。





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