「にゃんのすけ、今日は最初から謙也んちにおるんやね」
話がある、とメールしてきた謙也に開口一番そう言うと、一言すまんと返される。
「何やしらんけどウチの庭うろついとってな。そのまま家にあげてしもてん。何やったらこっち連れてこよか?」
「ええよ、別に気紛れなんは猫の性やろし。今日はウチには来たなかったんやろ」
「そんなもんか?」
「そんなもんやろ」
ふつ、と途切れた会話。
謙也が開け放した窓から、冷たい夜風が入り込む。
「……なぁ」
そんな沈黙を破ったんは謙也の方やった。
「メールでも言うたけど、話があるんや」
「なん?」
「あー、その、昨日の、ことなんやけど……」
せやけど、自分で口火を切ったくせして、言いづらそうに口籠る。
……やっぱしそれか。
謙也から端的なメールが来た時点で予測も覚悟もしとったから、諦めにも似た感情が胸に募る。
「昨日、暁に好きや言われて、俺、正直びっくりもしたけど、嬉しかった」
照れたようにはにかむ謙也。
この、少しヘタレとるとこに、ウチは惚れとった。
「せやけど、すまん。俺、確かに暁は好きや。けど、それは奏に対する好きとはちゃう。どっちかって言うと家族に対するもんとおんなじなんや。せやから、その、暁の気持ちには応えられん」
ホンマに、ごめん。
絞り出すような謙也の声を最後に、部屋には沈黙が舞い戻った。
窓から入り込む秋めいた風の冷たさが、心の中にも沁みわたる。
「そっか……」
ぽそりと呟いた自分の声が、いやに大きく聞こえる。
「これで仕舞いやな。区切りつけさせてくれておおきに、謙也」
「暁……」
精一杯の作り笑顔を向ければ、申し訳なさそうに眉を下げる謙也。
「そないな顔、せんといてよ。謙也が悪い訳やないんやから」
「おん……」
眉尻を下げる幼馴染の頭を、背伸びしてそっと撫でてやる。
「奏のこと、大切にしたってね」
「おん」
「泣かせたら、ウチが奪うから」
「!?」
いつまでも俯いとるから、少し意地の悪いことを言うたれば、慌てて顔を上げる。
「い、いいいくら暁でも奏は渡さんで!?」
焦ってどもる様が面白くて、つい吹き出してしまう。
「やったらそうならへんよう気張りやー」
「あ、ああ当たり前や!」
からかわれたことに腹を立てたんか、窓枠に足をかけて自室に戻ろうとする謙也。
「なぁ謙也」
その背中に、真面目なトーンに戻した声を掛ける。
「なんや?」
「これからも、幼馴染でおらせてね」
恋人にはなれへんかったけど。
せめて、単なる友達よりは特別な位置にいたい。
ウチの最後の我儘。
「……当たり前やろ。俺の幼馴染は暁しかおらんわ」
「ん、おーきに謙也」
呆れたような背中越しの答えに、隙間風が吹き荒れとった心が少しだけ凪いだ気がした。
「……おやすみ」
「おう、おやすみ」
ひらりと謙也が自分ちへ飛び移ったんを見送って、窓とカーテンを閉める。
「……ホンマに終わってしもたな、ウチの初恋」
じわり、と視界が歪む。
明日には。
明日には、ちゃんと幼馴染として振舞うから。
せめて、今日までは。
謙也んこと想って泣いてもええよね……?
窓際の壁に凭れながら、ずるずると座り込む。
抱えた膝をぐしょぐしょに濡らしながら、心の中で問いかけた。
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