「よっしゃ、今日の日直は、忍足と来栖な」
我らが担任、渡邉オサムセンセのこの一言から、事件は始まった。
「黒板消し忘れたり、日誌出さんかったりしたら罰として明日も日直やってもらうから、そうならんようしっかりやっときやー」
ひらひらと手を振って、教室を後にするオサムちゃん。
……何で、今このタイミングで謙也やねん。
もし万が一、謙也と2人きりになってしもたりしたらと考えると、憂鬱な気分になってくる。
「奇数時間の黒板は謙也な。ウチは偶数時間の黒板消すから」
「お、おん」
オサムちゃんから日誌を受け取ると、謙也に有無を言わさず当番を決める。
できるだけ2人きりにならんですむように。
けれど。
***
「ほなウチが黒板消しとる間に、謙也は日誌書いといて」
「おん」
万全な策を練っていたはずなんに、悲しいかな。
今日の授業の大部分が体育やら物理やら家庭科やらの移動教室で、学級日誌を書いとる時間が全くとれず、結局2人で放課後を過ごすハメになってしまった。
しかもこういう日に限って簡易清掃で、7時限めの黒板消しも日直の仕事になってしもたし、碌な1日やない。
それでも、せめてもの抵抗として、部活のある謙也に先に生徒所感を書かせて、その間にウチが黒板を消す。
んで、謙也が部活に行った後で、ウチが日誌を書くっちゅう効率がよく、かつ謙也と長時間過ごさんですむ方法を提案すれば、謙也もあっさり承諾してくれた。
「なぁ暁」
「なんー?」
黒板に向かうウチの後ろから謙也が話しかけてくる。
「自分さ、好きなヤツとかいてへんの?」
ぴたり。
黒板消しを握った手が止まる。
「……また、唐突やなぁ。なしてそないなこと訊くん?」
心臓を鷲掴みにされたような痛みが襲う。
「や、暁には昔っから世話になっとるし……、それにこ、こないだの、件でもアドバイス貰たし……、何や俺にも役に立てることあれへんかなーって」
その痛みを無視して、平静さを装いながら質問を返すと、傷口を抉るかのような答え。
役に立てることなんか、あるわけないんに。
見当ハズレなお節介。
謙也の言葉に、じくじくと胸のあたりが疼く。
「せやったらさ、白石んことはどうなん?」
「……は?」
せやけど、そんなウチの心境をしらん謙也は、次から次へと好き勝手なことをぬかしよる。
「なしてそこで白石が出てくんねん」
「やって、最近自分らめっちゃ仲ええやん?お昼も常に一緒してるみたいやし、」
ずきん。
ずきん。
「あいつめっちゃモテる割に誠実やし、男の俺からみても尊敬する部分めっちゃあるし、」
あぁもう。
なして好きな相手から別の男を勧められんといかんのやろ。
苦しさと苛立ちばかりが溢れるくらいに募っていく。
「それに、ほら!お前と白石がくっついたら、4人で遊園地いかへん?Wデートみたいな……」
ぶちんっ!!
謙也の能天気な笑顔を見てたら、ウチの中の何かが大きな音を立てて切れた。
「……してよ……」
「え?」
「ええ加減にしてよっ!さっきからウチの気持ちも知らんと勝手なことばかりっ!ウチが白石と付き合える訳ないやろっ!」
言うたらあかん。
頭の隅っこが警鐘を鳴らすけど、1度溢れ出した言葉を止めることはできひんくて。
「ウチが……、ウチが好きなんは謙也なんやもんっ!ウチやって、ずっと前からっ、謙也のことがっ、好きなんやもんっ!!」
言い切った瞬間、2人の間の空気が凍りついた。
「あ、暁……」
それを溶かしたんは、戸惑ったような謙也の声。
肩で息するウチの方へ、近づいてくるんが、熱く歪んだ視界に映る影でわかる。
「来んといてっ!謙也のバカっ!」
そんな謙也から逃れるように、棄て台詞を残して、ウチは教室を飛び出した。
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