それは、謙也がにゃんのすけに引っ掻かれて1週間経った日のことやった。
「暁ちゃん、暁ちゃんっ、」
礼儀正しい奏にしては珍しくおはようの挨拶もなしに、ウチの席に駆けてくる。
「どないしたん?そない焦って」
「えと、その、」
まごまごする奏は、ちらちらと周囲の様子を伺っとって。
人の多いとこやと話しにくいんやろか。
「廊下でる?」
助け舟を出せば、彼女は表情を明るくしてウチの腕を引っ張った。
***
「で、何があったん?」
結局、廊下も人気が多すぎて落ち着かんようだったから、定番やけど女子トイレの手洗い場んトコで話を聞くことにした。
「えと、これが、ね。入ってたの、朝、下足箱に」
焦りのあまり語順がめちゃくちゃになっとる奏は、熱でもあるんやないかっちゅうくらい顔が真っ赤で。
彼女がこちらに差し出した白い封筒の中身を見んでも、何が書いてあるかすぐに予想がついた。
「……もしかせんでもラブレター?」
「!」
紅い顔を更に紅潮させる奏を見て、ウチの予想が的中しとると確信する。
「何て書いてあったん?」
「……今日の放課後、中庭の大銀杏の木の下で待ってる、って」
奏は声と一緒に、封筒から中身を出して、こちらに向ける。
そこには見覚えのある字(よりは少し丁寧やったけど)で、こう綴ってあった。
『石蕗さんへ。伝えたいことがあります。よかったら、今日の放課後、中庭の大銀杏の下で待っとって下さい』
中庭の大銀杏は四天宝寺で1番の告白スポット。
ここでの告白成功率は99.9%やって言われとる。
「せやったら行ってみたら?」
「え?」
「大銀杏の下言うたら、告白以外ありえへんから」
「でも……、これ、差出人の名前ないし……、知らない人だったら、」
すぱっと言い切ったウチに対して、奏はどうやら気乗りせん様子。
……まぁ、しゃあないか。
このコ、極度の人見知りやし。
そうでなかったら、いくらお節介な侑士でも、転校前にわざわざ東京から出向いてウチや謙也に紹介したりはせんかったやろう。
制服のポケットからケータイを出して、ウチがよく見る占いのページを開く。
「今日の奏は思い切った行動してみるとええんやって」
ええ具合にええこと書いてくれてた占い師さんに感謝しながら画面を見せる。
「もしかしたら、その手紙、案外奏が好きな人からやったりしてね」
「えっ!?」
「いるんやろ、好きな人」
「う、うん……」
「ほな、放課後頑張りや」
ぽん、と奏の背を押して教室へ帰るよう促す。
「ウチ、ちょっとお手洗い行ってから戻るわ」
「そっか。暁ちゃんありがとう。放課後頑張ってみる」
「おん。その意気や」
表情を明るくした奏を見送って、深く溜息。
洗面台の前の鏡を見れば、泣き笑いのような表情を浮かべた自分の顔が映っとる。
「……ウチのアホ」
鏡の中の自分が自嘲を浮かべる。
なして奏を行かせたん?
嘘でもええ、適当なこと言うて、あのコを行かせんかったら、こんな苦しい顔する必要もなかったんに。
「ホンマ大アホや……」
悔しいんか、悲しいんか、ようわからん感情が溢れ出して、その場にくずおれた。
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