「おはよー、白石!」

朝、昇降口前で後ろから声を掛けられる。
昨晩、あれだけ泣いてたのが嘘みたいな笑顔で、来栖が手を振っている。

「おはようさん、来栖。謙也も、って……」

彼女の隣を歩いとる謙也の鼻筋には、二枚の絆創膏。
原因は昨日、俺が引っ掻いたせいやろうってことはわかっとるけど、それでも、小学生の悪ガキみたいな見た目に思わず吹いた。

「笑うなや、白石!誰のせいやとおぼっ!」

いらんことを口走りそうになった謙也の頭に手刀をくらわす。

「何か言うたか、謙也?」
「イエナニモ……」

にっこりと微笑むと、たじろぐ謙也。

「さすが白石。謙也の扱い慣れとるなー。ちゅうか、謙也が白石に弱すぎるんか」
「べっつにそんなんやあれへんわっ!」
「でもいつも白石に勝てへんやん」
「うっさいわっ!」

いつも通りのやり取りを謙也と交わす来栖。

思ったよりは元気そうやな。

「おはよー、みんな!」

来栖の様子見て、こっそり安堵の溜息を吐くと、遅れて石蕗さんがやってきた。

「おはよー奏」
「暁ちゃん、おはよ」
「石蕗、おはようさん」
「おはよう、謙也君……って、どうしたの、その鼻」

目を丸くする石蕗さんに対して、う、と言葉に詰まる謙也。

「にゃんのすけに引っ掻かれたんよねー」
「にゃんのすけって、暁ちゃんと謙也君が共同で飼ってる猫?」
「そ。前に写真見せたあの別嬪さん」
「猫の爪、やっぱり痛い?」
「やっぱりちゅうか想像以上?」
「大丈夫?」

そっと石蕗さんが謙也の鼻筋に触れた瞬間、傍目にも謙也が頬を染めたのがわかった。

「だ、大丈夫やっ!手当もちゃんとしたしな」
「したの、ウチやけどね」
「そ、それよりも早よ教室行こやっ!」
「え、あ、うん」

明らかに挙動不審になった謙也に促されて、石蕗さんと2人、先に教室へ向かって行った。

「来栖、大丈夫か?」

その後姿を見つめる来栖が、一瞬沈んだ顔を見せた気がして、声をかける。

「大丈夫って、何が?」
「え、あ、いや……」

まさかここであの2人のこと、とは言えないので、言葉に詰まる。

「変な白石。ほら、ウチらも教室行こ」

早く、と急かす彼女の瞳は、近くでよく見ると、昨日の名残かうっすらと赤い。

「……あんまひとりで抱えこんだらあかんで?」

上履きをはいて、彼女の隣に並ぶと、俺の肩より少し低い位置にある頭をくしゃりと撫でた。

「……おおきに、白石」

照れ臭そうに答えた彼女の声は、どことなく寂しげな色が滲んどった。





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