見てられへんかった。
謙也と話しとるうちにどんどん表情をなくしていく来栖。

当たり前や。
誰だって、自分が惚れとるヤツの恋愛相談なんて受けとうない。
それは四天宝寺のキューピッドっちゅう異名を持つ来栖だって同じやろう。

来栖の異常に気付かず、彼女を追いつめてく謙也に腹が立って、思いっきり顔を引っ掻いてやった。
その感触がまだ爪に残っとる。

ちょっとやりすぎてしもたかな。
いや、あの鈍感にはこれぐらいの仕置きは必要や。

自分の良心が反省を促す一方で、自分は悪くないと謙也の非を主張する俺もおる。
謙也を引っ掻いた手を眺めながら、頭の片隅で自分の意思が格闘を繰り広げとると、急に体が浮いた。

「こら、にゃんのすけ!人の顔引っ掻いたらあかんやろ?」

大きな目を吊り上げた来栖が「めっ」と猫になった俺の額を軽く小突く。

せやけど、ごめんな。
俺、この件に関しては悪いとは思うてへん。

先ほどまで死にそうな顔をしとった来栖に、表情が戻ったことに安堵しながら、顔を背ける。

「あ、こら、反省してへんやろー?」

そういうコは抱きしめの刑や。

と言うて、背中側からぎゅうぎゅうと俺を抱きしめる。

ちょ、それはあかんて……っ!

背中に触れる柔らかな感触に、じたばたともがく俺。

「……おおきにな、にゃんのすけ」

せやけど、邪な考えは彼女の声と、頭上に降ってきた雫によって吹き飛んだ。

「ウチがあの場にいたないって知っとって暴れてくれたんやろ……?」

そう思うてもええよね?

と問うた来栖の声は震えとって。
背後で音を噛み殺すように涙を流す彼女に、胸が締め付けられる。

ええよ。来栖を助けたかったんはほんまやから。

心の中で彼女に答えて、来栖に背中を預ける。

猫やなかったら。

猫やなかったら、泣いてる彼女を抱き締めてやれるのに。

この姿になってしまった自分が、堪らなく歯痒くてもどかしかった。





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