「はぁ〜……」

放課後。
部活へ向かう途中、ラケットバックん中から財布を取り出した謙也は、中身を確認して大きな溜息を吐いた。

「アカン……。今月は黒字になるはずやったんに、ダッツ買うたら間違いなく赤字に転落や……」
「自分で奢る言うたんやから、しゃーないんちゃう?」
「まぁそうなんやけど……。はぁ」

さっきのLHRでの配役決め。
『美女と野獣』の王子役は、来栖の読み通りほぼ満場一致で俺になった。
因みに謙也の得票数は3らしい。

「それにしたって、」

諦めがついたのか、謙也は財布をバックん中に閉まって、話題の転換を図る。

「王子は予想通りやったけど、まさか姫が暁になるとはなぁ……」

まぁ1番吃驚したんは当の来栖本人やろうけど。
先ほど配役が発表された際に、大きな声で「待った!」と叫んだ彼女は本気で狼狽えとるようやった。
因みに彼女が選ばれた理由は簡単。
男女分け隔てなく誰とでも友達であること。
そして何よりも、他の女子とは違って俺を恋愛対象として見とる素振りが全くないこと。
この2点や。

「せやけど、白石にとってはええチャンスやな。眠り姫起こすんは王子のキスやし。練習中どさくさに紛れてキスすれば間違いなく元に戻れるで!」
「そうやとええんやけどな」

まるで我が事のように喜ぶ謙也やけど、それはまずありえへん。
やって来栖と俺は気持ちのベクトルが真逆に向いとるんやから。

だって、謙也の3票。
うち、1票は謙也の自薦票、もう1票は石蕗さん。
そして最後の1票を入れたんは、来栖。

謙也は俺が入れてやったと勘違いしとるけど(実際開票された後礼を言われた)、俺は王子役は白紙で出した。
王子役を進んで演りたい訳やないから、自薦なんて真似はできひんし、かといって謙也と来栖の賭けで彼女が負けるんもかわいそうやなて思うたから。
つまり俺のは無効票。

クラスの他の女子の誰かが入れた可能性もないわけやない。
けど、間違いなく来栖や。

やって彼女、謙也が「俺やって得票0やないで」と反論した時、「たかが3票で」とか憎まれ口を叩きながらも、その表情はどことなく嬉しそうやったから。

彼女が好きなんはお前なんや。

あれだけ身近にいながら来栖の気持ちに全く気付かへん謙也に、そう言うてしまいたくなる。
勿論、そんなこと来栖も望んでへんからせえへんけど。

いずれにせよ、こんな状況下で来栖が姫役、俺王子。
猫化の呪縛から解放されるかもっちゅう期待より、下手に彼女を意識してしまって、自分の気持ちが彼女にバレて気まずくなるんちゃうんかっちゅう心配の方がおおいにある。

「はぁ」

つるべのようにするすると傾き始めた夕陽を眺め、小さく嘆息を漏らす。

あと少しで猫に化ける時間。
悶々とした想いを抱えたまま来栖んちにあがって、ちゃんと猫らしく振舞えるやろか。

文化祭の事。
そして、今朝部活で耳にした謙也の事。

時間が経てば経つほど、悩み事が増えていくのは気のせいではない気がした。





-17-

[]

back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -