(まさかそんな。だってあれから何時間も経ってるのに……)

考えるより先に動き出した足は、徐々に速度を増してベンチまでの距離を進む。
それに比例する様に、身体に響く鼓動が大きくなった。

こちらの気配に気付いた彼が、顔を上げる。

「……一夏さん」

違っていたらいいと願ったけれど、目の前にした人物はやっぱり財前君だった。


「何やってるのっっ」

そのつもりは無かったのに、彼の白い顔を見たら声を荒げていた。
側に駆け寄り、風に晒され色を無くした頬や手に触れる。氷の様に冷たくなったそれに、あれからずっと此処に居たのかと、不安が募った。
足しになるか分からないけれど、自分のコートを財前君に着せて
「何か暖かいもの買ってくるから」とその場を離れようとした時、財前君に腕を掴まれた。

「待って……行かんで下さい」

弱々しく呟いた財前君。だけど私の腕を握る手は強く、その思いが伝わってくる。

「俺は、大丈夫ですから。此処に……」
「財前君……」

腕を引かれて隣に座らされる。戸惑う私に彼は優しく微笑むと、着せたコートを取り私にふわりとかけてくれた。

「ありがとうございます。でも俺には、一夏さんの優しさを貰う資格は無いから」

なんでだろう。笑顔には違いないのに、その表情には嬉しさや喜びは一切感じられない。自分を責めている様な、何かを後悔している様な、そんな切なさを纏っていた。

「話を聞いて貰っても、ええですか」
「話って?」

緊張した面持ち心なしかその声は震えていて、聞き返す私の声までも、つられて震えてしまった。
財前君は一つ呼吸をおいて、ぽつりと話しはじめた。

「……本当は俺、前から一夏さんの事知っとったんです。今日…此処で会う前から」


その口から紡がれる言葉を逃さぬ様に、真剣に耳を傾けた。



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