▼ 第五十四夜
表舞台に初めて出現した優姫を一目見るためか、夜会には大勢の吸血鬼たちが集まっていた。枢と共に姿を現した優姫は大勢の視線を集めながらも堂々としており、様になっていた。
「御機嫌麗しく。枢様、そして…妹君?」
優姫が足を止めて、挨拶をした吸血鬼を見つめた。
「ごきげんうるわしく妹君?枢様から妹君の存在だけは知らされております」
「どうぞ中央へ」
「皆が御尊顔を拝せますように」
「さあ」
「さあ、妹君」
皮切りに続々と吸血鬼たちが優姫に声をかけていく。
「ーーーー妹君。我々はまだお名前を存知上げないのです」
枢は優姫の名前だけは教えてなかったのだ。どうするのかと遠巻きに眺めていた珱は、優姫の顔つきが変わったのに一度目を瞬いた。
「優姫です。よろしく皆さん…」
「…ユウキ様」
機械がインプットするかのように、ほんの一瞬の間の後反復した。
「ユウキ様」
「優姫様」
「優姫様」
「そういえばどこか面差しが樹里様に似ていらっしゃる…」
「いや…お優しげな目元は悠様に…」
薄っぺらな戯言に、呆れたように溜息をすると、優姫たちから視線をずらした。
『…あのハンター…何考えてんだろ』
ぼそりと呟いた相手は、零の兄弟子である海斗。海斗はこの吸血鬼が大半を埋め尽くす夜会に、人間である沙頼を連れてきていたのだ。
「待って?お嬢さん」
「一人かい?」
その沙頼は、当たり前だが吸血鬼に囲まれて身動きがとれなくなっていた。
「お嬢さん、ここがどういう集まりなのかわかっているの?」
「こんな若い人間の娘さんを夜会に招くとは、枢様も危ない橋を」
「それとも枢様か妹君への貢ぎ物でしょうか」
「まさか番犬や狩人に見張られている夜会で?」
「このお嬢さんをどうしろというんでしょうね…」
海斗は気付いていながらも素知らぬ顔で壁際に立っていた。
「すみません。通していただけませんか」
圧倒され気味になっているが、沙頼は臆さず意見を言うからさすがだ。そんな沙頼に周りは困ったように笑う。
「警戒されてしまったわ。どうしましょう?」
「私はお嬢さんの身の安全のためにはあまり一人でいない方がいいと思うが…」
「大丈夫です。私を向こうに行かせてください」
海斗、零が沙頼の様子を見つめる。
「皆さん」
ざわめきの中、凜とした声が聞こえた。
「心配は無用でしょう。今宵は私達の主君ーーーー枢さんが招いた紳士淑女の集まり…恐くなかった?」
ヒールを響かせ現れた女性に、沙頼の前から吸血鬼が通路を造るように下がった。
「勇敢で、かわいらしいお嬢さん…?」
現れた女性は、ふわりと華やぐような微笑みを浮かべた。
「更様」
「更様…」
「更様…」
枢や優姫と同じ純血種、更のご登場だ。
「もしかして主催者に挨拶をしたいのかしら?よければ、私が連れていってあげる…」
沙頼に手を伸ばしていた更は、その手を止めた。
『大丈夫ですよ更様…彼女は私が、連れて行きますので』
「十六夜先輩…!?」
目の前に、まるで庇うように現れた珱に沙頼は目を丸くした。
「…お久しぶりね、珱さん…そのお嬢さん、貴女のお知り合いだったの?」
『学校が同じだっただけです。それよりも更様……夜会の礼儀を、お忘れですか…』
珱が何を言いたいのか分かった更は、変わらず柔らかな笑みを浮かべるのみ。
『……行くよ』
「先輩、でもこの人…」
沙頼の手を引いて行こうとした珱だったが、沙頼から引き離すようにその手を掴まれた。驚き振り向けば、零が手首を掴み無表情に見下ろしていた。
「気安く人間に触るな…吸血鬼」
「零くん違うわ、先輩はただ私を…」
「どいてください」
沙頼が弁解しようとした時、優姫の少しばかり荒げた声が近づいてきた。人の隙間から顔をのぞかせたのは、優姫だった。
「妹君?」
「妹君…」
周りにかまわず優姫は驚いたような、心配そうな顔を向けた。
「やっぱり…!頼ちゃん!大丈夫!?」
「優姫…!」
ほっと安心したように沙頼は笑いかけた。
「私は大丈夫。その女が助け船を出してくれて…十六夜先輩がいてくれたから…」
にっこり笑いかけた更に、沙頼の言葉にぎこちなくも優姫は軽く頭を下げた。それから、零へと顔を向けると珱の手首を掴みその腕に手を添えた。
「…はなしてください。大切な従姉です…」
「……俺に、さわるな…」
無表情のような、そうじゃないような…そんな顔の零を見つめていた優姫は、そっと顔を背けた。
「そちらがはなしてくれたら、はなします……」
零はその言葉にすぐに手を離すと、沙頼の手を引いた。
「来い若葉。会えたからもういいだろう」
振り払うわけにもいかず、沙頼は慌てて振り向く。
「優姫、元気そうでよかった」
「…っ。頼ちゃんも…」
場所が場所なだけに複雑だが、それでも嬉しそうに優姫は笑い返した。沙頼の姿が人垣の向こうへと消えて、優姫は珱へと向き直る。
「珱さん、大丈夫ですか…?」
『別に…』
「あのお嬢さん…まあまあ美味しそうな、子ね…」
呟いた更に、優姫は非難するような静かな瞳を向けた。
「やめてください。友達です」
「そう。ごめんなさい」
する…と更の指先に絡めていた優姫の髪が滑り落ちた。
「みなさんも!大切なお友達だそうですから手出しは無用ですわよ」
「珱さん?」
その場を離れ始めた珱に、更は一瞬目を向けて優姫に向き直っていた。
会場の出入口に向かっていた珱は、暁と星煉に出会った。
『何かあったんですか?』
「純血の君黄梨様が、控えの間に僅かな血臭を残して消えました」
『…黄梨様が…?』
先程更からかすかに血の残り香を感じたのを思い出す。
ーーーー…黄梨様は、更様の婚約者…。
「会場は部下に任せて、少し調べてほしいとお前の父親から伝言を預かった」
『ありがとうございます』
二人の横をすり抜け、早足に会場から離れていく。いくつもある控えの間を通り過ぎ、立ち止まった黄梨に与えられた控えの間。そこには確かに誰もいなく、それどころか血臭もしない。
『………』
部屋をすぐに出て、片っ端から部屋を開けていく。いくつか目の部屋で、テーブルに目を留めた。敷かれたクロスの下から、テーブルの下に何かがサラサラと落下しているのが見える。
ーーーーバッ.
クロスを取り払ったそこには、人型に灰が積もっていた。吸血鬼の誰の残骸か…嫌でも今行方不明の黄梨だと思うしかない。
『…』
どういう事かと残骸を見下ろしていた珱は、背後の気配にすぐさま反応した。
ーーーーガッ!
『…!?』
短剣を振り下ろした人物は、ハンター協会の人間だった。
『ハンター…!?』
続けざまに攻撃を仕掛けてきたハンターに、何の武器も持たず室内では分が悪いと廊下に飛び出す。
『(どうしてハンターが…!?)』
それは少しずつ…少しずつ…。
next.
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