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第五十五夜






『っ』



飛ばしてきたナイフを肩に掠めながらも室内に潜り込み、持ってきていた断罪の荊を素早く鞘から抜き取る。振り下ろしてきた短剣を動かせる利き腕じゃない方で受け止め、間近でそのハンターを見つめて気づく。



『咬み痕…!?』



ハンターの首筋には、血が滲む真新しい咬み痕があった。刀で押しのけて距離をとる。



『ご主人様は誰!?ハンターともあろう者が、一体誰に咬まれたの』

「………」



ハンターはまるで人形のように無表情、無反応のまま、攻撃を繰り返す。致命傷にならないよう、気をつけながら攻撃を受け流していると、遠くの方からこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。



『(誰か来る)』



武器をとりあえず手元から弾かなくてはと、刀を構えた時だった。



『ーーーー…!』



戦闘態勢を解いたかと思うと、ハンターは自ら珱の刃に胸を差し出した。利き腕ならば、咄嗟の反応もできたかもしれない…反応が遅れた珱は、そのままハンターの胸を突き刺した。

足を踏ん張ったハンターは、痛みを感じてないかのように無表情のまま、また自分から刃を抜くため離れると、ぐらりと傾きその場に倒れた。途端、辺り一面にいっぱいの血の臭いが充満する。

ーーーー何が起こったのか。

茫然と、ハンターを中心に広がる赤くどろりとした液体を見つめていると、灰閻の慌てたような声が聞こえた。



「珱ちゃん!?」



血に濡れて倒れる、仲間。

血に汚れた剣を手に立っていた、番犬である吸血鬼。

その光景に息をのんだ灰閻は、すぐさま部屋の中に足を踏み入れる。



「…死んでる…」

「……どういう事だ」



鋭い燐光で珱を射抜く零。



『………』

「おい…っ」

「大丈夫。ちょっとそこで待ってて」



何も答えず俯いたままの珱に、再度問い詰めようと零が口を開いた時、血の匂いに気づいたのか優姫がやってきた。目に広がった信じられない光景と、凄まじい血臭に、優姫は言葉をなくした。



「やあ、優姫」



気づいた灰閻が取り繕うように笑いかけた。



「ああ。ドレスが汚れるからそれ以上来ないほうがいい」



言って灰閻はまたハンターの遺体を難しい顔をして見つめる。優姫は、血に汚れた刀を手に立ち尽くす珱に視線をずらした。



「珱さん…なにが、あったんですか…」

『……行方不明の黄梨様を捜していたら…このハンターが襲ってきた…』

「襲ってきた…?」

「ごらん、優姫」



灰閻の視線の先、横たわるハンターの手元を見下ろす。



「指先から少しずつ塵になっている…そして………」



続けることなく、目を閉じた灰閻に代わり、零が口を開いた。



「首筋に、吸血鬼に咬まれた痕跡…」



ーーーードクン.

やけに耳に響いた鼓動。吸血鬼に咬まれた痕跡…そして、少しずつだが塵になっている様から、このハンターは吸血鬼となって死んだ。ということは…答えは、すぐに分かる。

ーーーーチャキ.



「協会まで来てもらうぞ」

「!」



血薔薇の銃を珱に構えた零に、優姫はそれを遮るように間に入った。



「どうして珱さんを?状況から見て、珱さんは犯人じゃない」

「…状況から見たからこその判断だ。この状況で…こいつが無関係だと?仲間内には贔屓目をするつもりか」



学園の頃には向けられることのなかった瞳に射抜かれる。しかし優姫はぐ、と身を持たせて見つめ返した。



「事実を言っているだけです…分かっているはず。この犯人は……」

『優姫ちゃん。そこを退いて』



驚いたように振り向くと、珱は刀を鞘におさめていた。



『…抵抗も何もしないから、その銃を下ろして……この武器も、預けるから…』

「珱さん!?」



優姫を無視して、さっさと珱は零に断罪の荊を手渡す…というより押し付けるように手放した。



「っ…私が…やった人を必ず見つけます」

「…引っ込んでいろ。遊びじゃないんだ」

「わかってる」



あしらう冷めた声の言葉をはねのけるように、少し声を荒げる。



「私はもう、なにも知らない頃の、なにもできない黒主優姫じゃないから」

『……』



目を瞬かせるように、じっと優姫を意外そうに見つめる。



「なにか…良くないことが起きてるなら、私は大切なものを守るために、動く」

「優姫。血の香に酔う前に戻りなさい」



いつの間にか、枢が曲がり角からこちらに姿を現した。後ろには綱吉の姿もある。



「でも、もう夜会は」

「そんな茶番は…」



零の視線が、枢を捉えた。



「当然今をもって終わりだ。玖蘭ーーーー」



それは、いつから始まっていたんだろう…。





next.

  



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