▼ 第五十五夜
『っ』
飛ばしてきたナイフを肩に掠めながらも室内に潜り込み、持ってきていた断罪の荊を素早く鞘から抜き取る。振り下ろしてきた短剣を動かせる利き腕じゃない方で受け止め、間近でそのハンターを見つめて気づく。
『咬み痕…!?』
ハンターの首筋には、血が滲む真新しい咬み痕があった。刀で押しのけて距離をとる。
『ご主人様は誰!?ハンターともあろう者が、一体誰に咬まれたの』
「………」
ハンターはまるで人形のように無表情、無反応のまま、攻撃を繰り返す。致命傷にならないよう、気をつけながら攻撃を受け流していると、遠くの方からこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
『(誰か来る)』
武器をとりあえず手元から弾かなくてはと、刀を構えた時だった。
『ーーーー…!』
戦闘態勢を解いたかと思うと、ハンターは自ら珱の刃に胸を差し出した。利き腕ならば、咄嗟の反応もできたかもしれない…反応が遅れた珱は、そのままハンターの胸を突き刺した。
足を踏ん張ったハンターは、痛みを感じてないかのように無表情のまま、また自分から刃を抜くため離れると、ぐらりと傾きその場に倒れた。途端、辺り一面にいっぱいの血の臭いが充満する。
ーーーー何が起こったのか。
茫然と、ハンターを中心に広がる赤くどろりとした液体を見つめていると、灰閻の慌てたような声が聞こえた。
「珱ちゃん!?」
血に濡れて倒れる、仲間。
血に汚れた剣を手に立っていた、番犬である吸血鬼。
その光景に息をのんだ灰閻は、すぐさま部屋の中に足を踏み入れる。
「…死んでる…」
「……どういう事だ」
鋭い燐光で珱を射抜く零。
『………』
「おい…っ」
「大丈夫。ちょっとそこで待ってて」
何も答えず俯いたままの珱に、再度問い詰めようと零が口を開いた時、血の匂いに気づいたのか優姫がやってきた。目に広がった信じられない光景と、凄まじい血臭に、優姫は言葉をなくした。
「やあ、優姫」
気づいた灰閻が取り繕うように笑いかけた。
「ああ。ドレスが汚れるからそれ以上来ないほうがいい」
言って灰閻はまたハンターの遺体を難しい顔をして見つめる。優姫は、血に汚れた刀を手に立ち尽くす珱に視線をずらした。
「珱さん…なにが、あったんですか…」
『……行方不明の黄梨様を捜していたら…このハンターが襲ってきた…』
「襲ってきた…?」
「ごらん、優姫」
灰閻の視線の先、横たわるハンターの手元を見下ろす。
「指先から少しずつ塵になっている…そして………」
続けることなく、目を閉じた灰閻に代わり、零が口を開いた。
「首筋に、吸血鬼に咬まれた痕跡…」
ーーーードクン.
やけに耳に響いた鼓動。吸血鬼に咬まれた痕跡…そして、少しずつだが塵になっている様から、このハンターは吸血鬼となって死んだ。ということは…答えは、すぐに分かる。
ーーーーチャキ.
「協会まで来てもらうぞ」
「!」
血薔薇の銃を珱に構えた零に、優姫はそれを遮るように間に入った。
「どうして珱さんを?状況から見て、珱さんは犯人じゃない」
「…状況から見たからこその判断だ。この状況で…こいつが無関係だと?仲間内には贔屓目をするつもりか」
学園の頃には向けられることのなかった瞳に射抜かれる。しかし優姫はぐ、と身を持たせて見つめ返した。
「事実を言っているだけです…分かっているはず。この犯人は……」
『優姫ちゃん。そこを退いて』
驚いたように振り向くと、珱は刀を鞘におさめていた。
『…抵抗も何もしないから、その銃を下ろして……この武器も、預けるから…』
「珱さん!?」
優姫を無視して、さっさと珱は零に断罪の荊を手渡す…というより押し付けるように手放した。
「っ…私が…やった人を必ず見つけます」
「…引っ込んでいろ。遊びじゃないんだ」
「わかってる」
あしらう冷めた声の言葉をはねのけるように、少し声を荒げる。
「私はもう、なにも知らない頃の、なにもできない黒主優姫じゃないから」
『……』
目を瞬かせるように、じっと優姫を意外そうに見つめる。
「なにか…良くないことが起きてるなら、私は大切なものを守るために、動く」
「優姫。血の香に酔う前に戻りなさい」
いつの間にか、枢が曲がり角からこちらに姿を現した。後ろには綱吉の姿もある。
「でも、もう夜会は」
「そんな茶番は…」
零の視線が、枢を捉えた。
「当然今をもって終わりだ。玖蘭ーーーー」
それは、いつから始まっていたんだろう…。
next.
▼ ▲
【back】