標的5
体育の時間、休憩時間になった殊夏はグラウンドで野球をしている男子を眺めていた。
『あ、ツナ君空振り…』
苦笑い気味に見ていたが、それでも一生懸命なツナを殊夏は楽しそうに見ていた。そして次に出てきたバッターを見てあっと笑顔を見せる。
『武だ』
同じクラスの山本武。一年で野球部のレギュラーになれたと嬉しそうに話していたのを思い出した殊夏はワクワクしながら見ていると、山本は見事ホームランを打った。
『すごい!』
ガシッ、と思わずフェンスを鷲掴みしながら見ていると、走っていた山本と目があった。気づいた山本は笑顔で余裕そうにひらひらと手を振ってきて、それに殊夏もひらひらとふりかえす。
『さすが武だなぁ』
チームメイトとハイタッチを交わす山本を見ながら、自分のことのように嬉しそうにそう言うと、殊夏はその場を去った。
*
『よっ…と』
夕暮れ。部活が終わり、一人居残って自主連していた殊夏。
『ん…よし!できたっ』
満足そうに笑うと、着替えて帰り仕度を終わらせ、ひと気の少ない校舎に背を向け校門へと歩き出す。グラウンドに通りがかった時、見慣れた姿を発見。
『武…?』
思わず足を止める。グラウンドに、一人自主練を続ける山本の姿があった。
『話しかけたら邪魔かな…』
仕方ない、今日はこのまま帰ろう。とまた足を進みかけた殊夏は、ドサッと何か倒れる音にまた視線をグラウンドに向けた。
『!武っ!?』
その先には、今まで練習していた山本が腕をおさえて倒れている姿があった。
『武…大丈夫かな』
翌日。教室で殊夏は、姿がない山本の席を見た。あの後急いで病院まで連れて行くと、山本は練習のしすぎにより腕を骨折していた。
ーーーー「悪かったな。迷惑かけて」病院帰りに見せた、本人は笑っているつもりの山本の落ち込んだ表情が頭から離れない。
『…….武…』
「大変だー!!!」
『!!』
大声と共に教室に慌てた様子で走り込んできた男子に視線が集まる。
「山本が屋上から飛び降りようとしてる!!」
『…!?』
ガタッと立ち上がった殊夏は、昨日のこともありすぐさま屋上へと走り出した。しかしクラスのみんなは知らないからか、冗談だろと笑い飛ばす。
「あいつ昨日一人居残って野球の練習してて、ムチャしてうでを骨折しちまったらしいんだ」
その言葉に反応したツナは、昨日のことを思い出しサッと顔を青ざめた。
「(まさか…オレのせい…!!?)」
実は昨日、体育の授業終了後ツナはスランプ中の山本からどうしようと相談を受けていた。それにツナは努力しかない、と返し山本もそうだと納得していた。山本は努力ということで遅くまで自主練をして、結果骨折をしてしまった。
「とにかく屋上にいこうぜ!」
「おう!!」
クラス全員が屋上へと向かった中、ツナは一人教室の真ん中に突っ立っていた。そんなツナに京子が声をかける。
「ツナ君いこっ!」
「あ……うん!ト…トイレにいったらいくよ…」
苦しい言い訳も京子は納得して屋上へと教室を出て行った。
*
バタバタと途中階段からずっこけそうになりながらも屋上にやってきた殊夏は、フェンスの向こう側に立つ山本を見て顔を青ざめた。
『武!』
「殊夏…」
来ると思っていたのか、対して驚いた様子もなく数メートルの間を残して近寄った殊夏を見る山本。
『何やってんの…?またいつもみたいに冗談でしょう?』
「……」
何も言わない山本に本気だ、殊夏は血の気を引かせる。
『う、腕骨折したから!?そのせいで野球の練習できなくなったから!?何もそこまでしなくてもっ』
「へへっ。わりーけどそーでもねーんだ。野球の神さんに見すてられたら、オレにはなーんも残ってないんでね」
『武…』
「まさか…」
「本気!!?」
「フェンスがさびて今にも折れそうなのに!」
いつの間にか集まってきた生徒たちが焦り始めた。どうしようどうしようとない知恵を絞りだそうと、涙目になっていた殊夏はもう限界点に達し、キッと山本を見た。
『バカ武!!野球好きがなに言ってんの!!』
この状況でバカ発言!?
生徒達はぎょっと唖然とし、顔を真っ赤にしてゼーゼーと肩で息をする殊夏を見る。
『こ、骨折は数ヶ月経てば治るけど、死んだら一生野球できないんだよ!?ちょっとの間野球ができないのと…一生できないのとは、ぜんっぜん違うし…』
「(!劉閻さん!?)」
物陰でどうしようと頭を抱えていたツナは、殊夏の悲痛な声にそっとそちらを見た。
『…治るから…!絶対、そのうち元通りになって、また、野球出来るから。だから、だから…っ…死なないでよ、武…!!』
「殊夏…」
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