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ーーーー…カタ.
ふ、と。雪野は目を覚ました。
ーーーーカタ.カタ.
聞こえてきた物音は、昼にも聞いたあの音。目だけを動かして押し入れを見る。
『(押し入れがあいてる…)』
開けた記憶などない雪野は、訝しそうにしながら起き上がる。
ーーーーごとんっ.
カタカタと鳴っていた音から、何かが落ちる重たい音に。その瞬間、ざわりと瞬間的に雪野は感じ取った。
『(ーーーー壺のフタが開いた…!?)』
もうその場に居られなくなり布団から飛び出した雪野は夏目達の部屋へと駆け込んだ。
『た、貴志君、先生、名取さん』
「…雪野ちゃん?」
ノックをすると、名取が扉を開けた。少し躊躇して雪野は壺のことを話す。
『つ、壺があいちゃいました』
「え?ツ、ツボ?あ、さっき言ってたラッキョウの?」
血の気と表情をなくす雪野に戸惑いながらも名取はラッキョウのツボの話を思い出す。
『すみません、たぶんラッキョウじゃないです。時々物音がしてたけど、今勝手にフタが落ちたみたいで…』
話を聞き、雪野が泊まっていた部屋へと全員集まる。
「押し入れの中か…見てもいないのにフタが開いたとわかるのかい?」
『たぶんですけど。何か嫌な気配が流れ出てきたから』
「ーーーーよし、開けてみよう」
名取が襖を開けると、フタは壺から落ちてしまっていた。傍らには封と印された紙切れもある。
「…こんな所にあったのか」
「…え?」
「カラッポだね。それとも何か入っていたのが逃げたのかな」
後者の可能性の方が高かった。
「おれ、下の階を見てきます。行くぞ先生」
『私も行く』
「ーーーー…」
走り出した夏目達を止めも追いかけもせず、名取は何か考え込んでいた。
「あの壺、かなり強力な封印がしてあったな」
『え』
「お前も無意識にそう感じていたから放っておいたんだろう…しかし自分で封印を破るとは、なかなか強力なやつだ。それに、あの封印は最近のものだ」
「最近…?」
はっと、走っていた足を止めた。天井からぶら下がる、人の体。
ーーーーずずず…
ゆっくりと下降し始めた体にギョッとする。
ーーーーぼたり.
「『ぎゃーーーーっっ』」
とうとう天井から抜け落ちた体は床へと落下。
「う…うう、う…う…」
長い髪を乱した女が呻きながら起き上がる。よく見ると、背中には血が滲んでいた。
「おお、やはりなかなか大物だな。食ってもいいか夏目」
「先生…」
「…え?夏目?あっ、あの友人帳をお持ちの夏目様!?」
「夏目」に反応すると妖は夏目へと勢いよく詰め寄った。
「ここであったが百年目!!どうか、どうか名をお返しください!!」
「わーーーーーーーーっっ!?」
「ぎゃ」
勢いに押された夏目の下敷きになる斑は、短く悲鳴をあげると気絶。
「…私はスミエと申します。この地にずっと住んでおりましたが、人間がやってきて邪魔だと言って私を壺に封じたのでございます」
人間は嫌いです。泣きながら断言するスミエに夏目と雪野は複雑な心境。
「どうか名をお返しください。そうすればもう人里に未練はございません。名を返して頂いたら、もうこの地より去り山奥へと消えましょう。どうか」
ぽろぽろと涙をこぼしながら懇願するスミエに夏目は少しばかり目を細めた。
「ーーーー…この旅館に迷惑をかけたりするつもりはないのかい?もしそうなら君の名を呼んで出ていくよう命令することもできる」
「いいえ夏目さま。お望みなら命令されずとも、もうこの館からは出て行きます」
はあ…と夏目はため息すると、かけていたカバンから友人帳を取り出した。
「ーーーーそうか。長いこと名を縛って悪かった。雪野」
雪野へと夏目は友人帳を手渡す。
「ごめんなスミエ、君に名を返そう」
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