3
『ただいま塔子さん』
「おかえりタカシ君、雪野ちゃん」
幸い帰り道に妖怪に出逢うことなく帰ってきた夏目と雪野。
「まぁどうしたの!?顔が青いわ。この暑いのに帽子もかぶらずに!!」
二人を迎えたのは藤原塔子。夏目をひきとり、雪野を預かっている心優しい母親のような存在だ。
「ワンパクも結構だけど、体は大事にしてちょうだい!!」
「はは、すみません」
『気をつけます』
心配して怒っていることを二人は理解している。自分達を大切にしてくれてる藤原夫妻には、妖怪が見えることなんて秘密だ。気味悪い思いをさせたくない、そう思ってのことだった。
*
『貴志君あった?』
「いや…そっちは?」
『ない…』
二人は二階の部屋にあったダンボールを片っ端から開いて何かを探していた。
「確か祖母の遺品のなかに…」
普段開けることのないダンボールばかりを開けるから、辺りは埃が飛び散っていた。せき込みながらも漁っていると、夏目の手が止まった。
「…雪野、あった」
『え…?』
夏目の方へと近寄り手元をのぞき込むと、手には友人帳と書かれた紙の束があった。
『あのニャンコが言ってたのは…』
「これのことか?」
パラパラと適当にめくっていく。しかしそこに書かれていたのは、意味不明のものばかりだった。
「…何だ、ラクガキ帳か……?変な絵ばっかり…?」
『文字…にも見えないことはないかな…?…のは、ゆずり……』
「かのか、しののめ、かいどり」
「『ん?』」
二人は顔を見合わせると、瞬時にまた紙束へと顔を戻す。
「たつえだ」
『ひだか…』
「……やっぱり、読める…?」
『な、なんで?』
「頭の中に文字が浮かんでーーーー…」
《それが》
「『!?』」
《それが友人帳!!》
声に見上げた二人の前に、あの招き猫が煙と共に現れた。
「!さっきのニャンコ」
『まさかつけて…!?』
《よこせ!》
「わっ!」
上から急降下して友人帳を持っている夏目へと飛びかかるが、寸前で夏目は避けた。しかしそのせいで背後にあった襖に招き猫が突っ込んで穴が開いてしまう。
『あっ…!』
「!ふすま…」
「?タカシ君雪野ちゃん何の音ー?」
「『(わっ)』」
騒ぎに塔子が気づき一階から問いかけてきて二人は焦った。
「おのれ小僧っ。大人しくわた…」
ーーーーゴンッ.
「な、何でもないです」
ニャンコを殴って気絶させた夏目に続いて雪野は急いでニャンコを塔子に見えないように自身で隠した。
その後ふすまは二人で貼り替えてごまかした。
*
「お前達ここの居候か」
「うるさいなニャンコのくせに」
復活したニャンコと夏目がいる部屋へと、スイカを手にした雪野が現れた。
『塔子さんがスイカくれたよ』
「面倒はご免だから、これ食ったら帰れよ」
『ニャンコってスイカ食べれたっけ?』
「ニャンコとは何だ!」
『はい、猫じゃらし』
「ん、ありがとう」
ばたばたとニャンコに向かって夏目が猫じゃらしを振ると、やはり食いついた。
「長い間、まねき猫を依代に封印されていたから体が形になれてしまったが、本来はとても優美な姿なのだ」
「『…へぇ』」
あまり本気にはしてない様子の二人。
「お前には結界を破ってもらった恩もある。しばらくお前たちの用心棒でもしてやるから、先生とでも呼ぶんだな」
「…勝手だな。それよりこの友人帳って何なんだ?」
「……夏目レイコ、鈴木ミヨがイジメた妖怪達の名前が書いてあるのさ」
え、という顔をして二人は固まった。
「人とうまくつきあえなかったレイコはうさばらしに、見かける妖怪達にかたっぱしから勝負を挑んだ。ミヨも最初こそ渋っていたくせにノリノリで勝負していたな。二人とも強力な妖力を持っていて…ほとんどイビリだったわけだが、相手を打ち負かしては、負けたほうが子分になるという約束を守らせるため紙に名を書かせた。それを集めまくったのが友人帳≠セ」
「…ニャンコ先生は何でそんなのがほしいのさ」
「…それはお前…その紙を持つ者に名を呼ばれ命令をうけると逆らうことはできないと言われている。つまり、多くの妖怪を統べることができるのだ」
『この、紙束が?』
「……これがそんなたいそうなものなのか?」
「わっバカぞんざいにはあつかうな!その紙を燃やすとその妖怪も同じめにあうと言われている」
パラパラと適当にめくっていっていた夏目に慌てて注意するニャンコ。
「だからこそ、ここら一帯の妖怪は夏目レイコと鈴木ミヨを探しまわっているのだ。お前たち、あぶないぞ」
「『………』」
「ごめんください」
階下の方から声がした。
「ごめんください」
「はい」
雪野が行こうとしたのを手で制止、下へと夏目が行った。立ち上がりかけた雪野はまたその場にストンと座った。
『…ニャンコ先生、座布団あげる』
「なんだ急に?」
『え、だって…まねき猫って座布団に座ってるイメージが…』
「私はまねき猫か」
『だってそーでしょ?』
「これは依代だと言っただろう」
色々言いながらも結局ニャンコは雪野が譲った座布団に機嫌よさげに丸まった。やっぱり猫にしか見えないと雪野が思っていた時、下の方からガターンと音がした。
『なに?』
「…夏目め、外へ逃げたか。ヤレヤレ…」
『え?』
外を見ていたニャンコの後ろからバッと雪野も見ると、夏目が友人帳を手に走り去って行っている姿が。その後ろにはニャンコに会う前に追ってきていた妖の姿も。
『貴志くんっ…!』
「雪野、先に行ってるぞ」
『えっ』
窓から飛び降りるとさっさとニャンコは夏目のもとへと行ってしまった。
『えっ、ちょっと待ってよ!』
私、ただでさえ足遅いのに!
バタバタとしながら雪野は急いで夏目のあとを追った。
▼ ◎