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「ごめんなさいね。駅で似た人を見かけたと聞いたから…あの人かと…」

「いえ…」



千津は夏目が宿題合宿でお世話になった宿の女主人だ。人魚を見たことがあると語った千津は、その人魚に血をもらい飲ませてしまった相手がいると。千津は、その相手を探しているそうだ。



「ーーーーどんな人なんです?」



ベンチに並んで腰掛け夏目が尋ねると、千津は目を丸くさせた。



「あんな突拍子もない話を信じてくれるの?」

「…ええまあ」



信じない方が夏目には難しく、言葉を濁す夏目の表情は複雑なもの。



「…私の家は貧乏でね。小さい頃は構ってもらえず、山奥の池でひとり遊ぶことが多かったの。それを哀れんで隣の蛍一さんが家に呼んでくれるようになった。あなたと同じくらいの歳で、とても優しくて大好きだった」



その頃を思い出しているのか、千津は遠くを見つめる。



「でも彼は本当は体が弱くて…ある嵐の夜、病状が悪化して…もうだめだろうと大人達が話しているのを私はきいてしまったの。私は大池には人魚が住むと噂があったのを思い出して、嵐の中飛び出した」



ーーーーそして、池に行くと。



「とても優しい目をした人魚がいたの」



ーーーー人魚さんお願い。



「人魚は小ビンに大切な血をわけてくれた。私は一目散に駆け帰り、彼の寝室へと忍び込みーーーー…」



ーーーー小ビンの血をあの人の唇にーーーー…。



「そのままに私は三日間寝込み、目覚めた時彼は遠くの病院へ移った後だった。私は高熱と別れのショックで人魚の血のことをすっかり忘れてしまったの。ーーーーひどい話でしょ?」



そう笑う千津に夏目は何も言えない。



「それからいくつか恋をして、生涯の伴侶に巡り合いーーーー…主人が亡くなった時、その手を握り、私もじきにそちらへ参りますよと言った時ーーーー…突然思い出したの。あれは本当に夢だったのだろうかって」



ーーーーもしも、あれが夢じゃなかったら?



「ーーーー私の幼稚な好意が」



ーーーー彼は歳をとることも、死ぬことも出来ずいるのだろうか。



「今もあの人を苦しめていたらどうしようーーーー…」



顔を手で覆う千津の声は震えていた。後悔や罪悪感に苛まれている千津の苦しみがどれ程のものなのか。



「(おれにはきっと耐えられない)」



千津と別れた帰り道、夏目は雪野が抱っこしている斑を横目に見た。



「(…先生はいっぱい見送ってきたんだろうな)」



たとえばレイコやミヨ。

そしてやがてはーーーー…。



「人魚捕まえてみようかな」

「何!?」



夏目の部屋にて。背を仰け反らせて暇そうに呟いた夏目の言葉に斑がいち早く反応する。



「何か知ってるかもしれないだろ」

『じゃあ今から行こうか。宿題も終わったことだし』

「またくだらんことを。私は絶対手伝わないぞ」



なんてムキになって言っていた斑に夏目は笑う。



「帰りにむき栗買ってやるぞ」

「捕まえるだけだぞ」



ウキウキとする斑の態度に扱いやす…。と雪野は内心呟いた。




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