夜の闇を照らし出すかのように、淡く強い灯りが賑やかな広場を照らす。
「ここか」
シエル達の前にあるのは、一際目立つテントの入口。頭上の看板には「NOAH'S ARK CIRCUS」とあった。
「見たところ、なんの変哲もないように見えるが…」
辺りの様子を伺いながら、テントの観客席に座り開演を待っていると、テント内の灯りが消えた。
「レディス、エンド、ジェントルメーン。お嬢(トー)はん、アンド、旦那はーん!」
陽気な言葉と共に、ステージ上に照らし出された派手な男は軽く頭を下げた。
「本日は、ノアの方舟サーカスにようおこしやした。ウチは道化師(ジョーカー)と申しまんねん。どないぞお見知り…あてっ」
ボールでお手玉をしていたジョーカーが玉を頭に落としたことに、会場からは笑いが。
「オッホン!当サーカスには、皆サンを楽しませるショーが目じろ押しどすえ」
暗がりの背後に現れたサーカスメンバー達。
「さぁさぁそんなら、火吹き男のドハデな一発で、世紀のショーの幕開けどすえ〜」
大柄な男が火を吹けば、会場からはワッと歓声が。
「お次は息ピッタリの空中ブランコ」
『…』
「狙った的は外さない、百発百中のナイフ投げ!」
『すごい…』
「「……」」
仕事中という事も忘れて見入っているダリアに、シエルとセバスチャンが呆れた目を向ける。はっとしてダリアは少し顔を赤くしながらゴホンッ、と咳払い。
『え、演目も特に特別なものはないわね…』
「はあ…ああ」
「例の子供達が出演させられている様子も、ありませんしね」
《そしてお次はーーーー我がサーカスのお姫さんによる決死の綱渡り》
「子供達を見せ物にすることが目的でないなら、サーカスの移動と子供達の失踪はただの偶然なのか?」
《今度は世にも珍しい蛇と人間のハーフ。蛇男による華麗なる演舞!》
ーーーーパァン.
《そして最後は!サーカスの花形、猛獣使いのお出ましどすえ》
ムチを手に、セクシーをそのまま具現化したような女性がトラと一緒に現れた。
「このショーにはお客はんも参加してもらいたいんどすが…」
『最後のショーにも子供達は関係なしね』
「どうやら、観劇は時間の無駄だったようだな」
すると隣のセバスチャンが立ち上がった。
「?どうした?何か見つけ…」
「おっ!えろうヤル気満々の燕尾服のあんさん!!どーぞ壇上へ!」
ジョーカーが指さす先の燕尾服はセバスチャン。
「『なっ』」
「さぁ、こちらへおいでやす」
「『!!(そういうことか)』」
驚いていたが、二人はこれは奴らに接触するチャンスかと納得した。小さくシエルは言った。
「行ってこい」
「は」
返事を返し、セバスチャンはステージへと向かう。
「次々と子供達が消えてゆく怪事件。真相の糸口を掴むには、最早このサーカス以外ない」
『でも、接触することには成功したけれど、これだけの衆人の目よ』
「一体どう探りを入れるつもりだ、セバスチャン」
二人が高見の見物をしている中、セバスチャンはジョーカーの前まで来た。
「じゃあ、あんさんはこっちで寝そべってくれはりますか?」
ーーーースッ…
「あ?」
ジョーカーを素通りしたセバスチャンの行き先は…。
「嗚呼…何というつぶらな瞳…」
「『!!』」
虎にうっとりと触れるセバスチャンに会場は騒然。驚いていた二人はそこで「しまった」とはっとした。
「『(虎は猫科だ!!!)』」アイツそれにつられて行っただけか、と二人ともと顔をひきつらせた。
「見た事も無い鮮やかな縞模様、柔らかい耳…とても愛らしい。おや?少々爪が伸び過ぎている様ですね、お手入れをしなくては…」
「『……』」
ポカーンと会場中がなっている中、二人は見ていられず両手で顔を覆っていた。
「肉球もふくよかで、とても魅力的ですよ」
と、セバスチャンが虎の手をとった時だった。
ーーーーガブッ.「あ」
虎に頭から噛まれたセバスチャンに、会場からは悲鳴が。呆気にとられていた猛獣使いの女は、はっとムチをふるった。
「ベティ!!そいつを離しな!!」
ーーーーバシィッ.
「彼女に罪はありませんよ」
「!?」
振り向く事なくセバスチャンはムチをつかみ止めた。
「あまりの愛らしさに、私が思わず失礼をしてしまっただけ…」
「それに」とセバスチャンはムチに口付けながら言う。
「むやみに鞭を振るうだけでは、躾は出来ませんよ」
「ッ」
ーーーーがぶ.
再び噛まれたセバスチャンに再び悲鳴が。
キャー!!
ヒー!
ギャー!!「ベティ!!ペッシなペッッッ!!!」
「おやおやおてんばさんですねぇ∨」
*
「『誰があそこまでやれと言った?』」
色々あったがなんとか公演が終わり、三人は外に出ていた。
「申し訳ありません。長い間生きていますが、猫だけは本当に気まぐれで気分が読めませんね…」
「『………』」
不機嫌極まりない二人に対し、セバスチャンは満足そうだった。
「大体必要以上に目立ってどう…ふ、へくしっっ」
『あら…セバスチャンに反応したのかしら』
「お前、僕が猫アレルギーなのを知ってるだろう!離れて歩けッ」
「は」
「あっ!いたいた!ちょっとそこの」
さっさと先をいく二人に続こうとしていたセバスチャンは、声に足を止め振り向く。
「燕尾服のあんさん!!」
走ってきたのはジョーカーだった。
「さっきはえろう、すんませんでしたなあ」
「いえ、こちらこそ失礼しました」
「ビックリしましたえ。急に虎に近寄っていかはるから。さっき噛まれたトコ、大丈夫どすか?」
『シエル』
後ろの様子に気づいたダリアがシエルに知らせると、二人はサッと隠れた。
「とにかく、ウチに専属のお医者はんがいはるんで、診てもろた方がええと思て」
次に言われた言葉は願ったりかなったりの言葉だった。
「どーぞ裏へいらしてください」
聞いていた二人は目に力を込めた。ニヤッ、とセバスチャンは笑うとすぐに笑顔を。
「では遠慮なく」
next.
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