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その執事、滑走





ファントムハイヴ家の台所。シュンシュンシュンと、沸いた事を報せるようにヤカンから音が鳴る。それを打ち消すように重たい音が何度も鳴るのは、バルドが渾身の力で肉を叩いているからだ。スネークも手慣れた手つきで蛇と一緒にジャガイモの皮を剥き、タナカもひーふーみー、と野菜の種類と数をチェックする。



「メイリン。フォートナム&メイスンのロイヤルブレンドを」

「はっ、はいですだ」



ポットなどを用意しながら言ったセバスチャンに頷き、メイリンは濡れた手をエプロンで拭く。



「え〜〜〜っと…ん〜〜〜?」



様々な種類の茶葉の缶が陳列する棚から、目当てのものを探す。が、口をへの字にしてメイリンは、近づいた棚から数歩後ろへと下がり凝視する。もちろん、気づいたセバスチャンはその行動の理由も察した。



「セバスチャンさ〜ん。ハーブ取ってきましたーー」

「では洗っておいて下さい」

「はーい」



にこやかな笑顔でザルいっぱいにハーブを取ってきたフィニは、セバスチャンに言われたとおり汲んだ水桶で鼻歌交じりに洗い始めた。背を向け屈むフィニが首にかける麦わら帽子には、可愛らしいチューリップのアップリケ。ふむ…とセバスチャンはフィニの帽子を眺めつつ、先程のメイリンの様子を思い出した。











ーーーーどよ〜〜ん…

執務室。カーテンは開けられ、陽光が程よく射し込んでいるにもかかわらず、室内はどんよりと重たいものだった。



「『…』」



シエルもダリアも山積みの書類に両脇を囲まれており、目を通してはサイン、目を通してはサインを繰り返す。

ーーーーピタ.



「間違えた…」

『私も』



同時に動かしていたペンを止めた二人は、ぽつりと眉一つ動かさず呟く。



「『っはぁ〜〜』」



二人してペンを投げやるや盛大なため息をして脱力。



「あーもう終わらん。くだらん要件にまで目を通すこっちの身にもなれ…」

『書き過ぎて自分の名前の綴りがわからなくなる…』



「むしろ酔う」とダリアが呟いた時、扉をノックする音が。



「入れ」

「失礼致します。坊ちゃん、お嬢様、お茶のご用意が出来ました」



ポットやカップなどを乗せたワゴンを押して現れたセバスチャンは、中まで入ると早速紅茶をカップに注ぐ。ふわりと紅茶の香りが、室内へと立ち込めた。



「ブレンドか」

「流石でございます。フォートナム&メイスンをご用意致しました。ミルクを?」

「入れる。蜂蜜も」

『私も』



頬杖つきながら答えたダリアをん?とセバスチャンは見る。



「おや…甘いものは暫くお控えするのでは?」

『イライラして捗らないのよ』



眉根を寄せ疲れ切ったようにしながら、ダリアは軋む音を立てて椅子へと深く腰掛ける。クスリと笑いながらセバスチャンはシエルとダリアの前にカップを置く。



「集団生活中にサインが必要な書類が溜まってしまいましたからね」

「こんなことならあっちでも進めておけば良かった」



むぅ、と顔をしかめながらシエルはカップに口をつける。



「では、休憩も兼ねてお二人に拝見して頂きたいものが」

「ん?なんだ?」

「先程サマセットハウスへ伺ったのですが…」

『…サマセットハウスに?』



怪訝そうな顔をするシエルとダリア。サマセットハウスとは、政府機関や学校関連機関が入る施設の事だ。



「こちらを」

「『!』」



懐からセバスチャンが取り出して見せたものは、七つのジュエリーが吊るされたネックレス状のもの。



「それは葬儀屋の遺髪入れ…!」

「ええ。これが何か彼の手がかりになるかと思い、調べていたのです」



カンパニア号で葬儀屋から咄嗟にシエルがキャッチした遺髪入れ。余裕そうな表情を崩しこの遺髪入れへと手を伸ばしていた葬儀屋の姿が、二人の脳裏に思い浮かぶ。結局は、葬儀屋自らシエルへと預ける事にしていたが。



「ジュエリーの中に記された死亡年月日と、裏のホールマークが示す製造地域。そしてサマセットハウスの戸籍本署に納められる英国全土の死亡届。それらの情報を照合してみました」



ちなみにホールマークとは、銀の品質を保証する検定印のこと。純度や製造地域などがわかる。

ジュエリーは表には死亡年月日と、遺髪、そして氏名が記されており、裏にはホールマークだけが記されている。デザインは円形を中心としてあるが、様々にある。



「こちらが遺髪の持ち主である7人の死亡届です」



書類を片付け、差し出された紙束をシエルは受け取る。移動したダリアも隣から覗き込む。



「調査の結果、7人に共通点は見られなかったのですが、一つだけ気になるお名前が」

「!これは…!」



一枚目、二枚目と目を通していたシエルはハッと目を見張った。



「クローディア、ファントムハイヴ!?」



書類には確かに、Cloudia Phantomhiveと記されている。隣には享年も記されており、36という若さだ。

驚愕に目を見張り凝視するシエルと違い、ダリアは訝しそうにする。



『ファントムハイヴって事は…血縁者よね?』

「ああ。名前しか知らないが…僕の祖母だ!」

『!』



それを聞いてダリアも驚き目を見張る。



「これを持っていたという事は、彼は先代だけでなくそれ以前からファントムハイヴ家に関わりがあったとみていいでしょう」



セバスチャンが手渡したクローディアの遺髪入れをシエルは困惑と驚きに見つめる。



「頭文字がP≠フ性など珍しくもないから、気にも止めていなかった」

『まさかPhantomhive≠フP≠セとはね』



ーーーー「小生の宝物なんだ」
ーーーー「君なら伯爵姉弟を守ってくれるって思ってたよ」



「「『……』」」



三人の脳裏に、それぞれ葬儀屋の言葉がリピートされる。



「葬儀屋…一体、ファントムハイヴ家とどんな関係がーーーー?」





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