「本校は英国の中枢を担うエリートを輩出してきた名門。創立以来何百年も守られてきた伝統を、僕らの代で穢すわけにはいかない。ウェストン校の歴史は、英国の歴史なんだ!」
そう訴えるブルーアーの目は信じて疑わない。何よりも誰よりも、守るべきはウェストン校。
「(教育と洗脳は紙一重。まるで伝統の奴隷だな。それを6年間続けた奴らを論破したところで時間の無駄か)」
主張の崩れる様子のなさと、今すべき目的からシエルが出した答え。
「…わかった」
答えたシエルを、セバスチャンは軽く目を丸くさせ見下ろす。
「今回の件…僕はさる高貴なお方の命で調査をしていた。真相を知ったからには黙っているわけにはいかない。しかし」
ニコッ、とシエルは人の良さそうな笑みを貼り付けた。
「情状を鑑みた処置をお願いしよう」
胡散臭い笑みと中身のない台詞に、ダリアもセバスチャンも思わず笑みを浮かべ笑っていた。
「さあ、後はお前だ」
睨むようにシエルは悠々と席に座る葬儀屋を見た。
「お前の目的は何だ!?」
頬杖をつき口元に笑みを浮かべる葬儀屋は逃げる様子も見せず、余裕の様子。
「さっきたくさん笑い(お代)をもらったし、昔のよしみで教えてあげようかねぇ〜〜〜」
ヒッヒッ。笑いながら葬儀屋は、盛り付けられたカップケーキを一つ手に取る。
「一瞬ではあったがデリックは確かに意識があった。以前の動く死体とは明らかに違う…いや、進化している!」
「嬉しいこと言ってくれるねェ。そうさ」
もぐもぐと咀嚼し、ごくんと飲み下す。
「死者も進化できる。素材があればね」
「素材…?」
眉を潜めたセバスチャンは思い出す。
「貴方が作った偽の記憶の事ですか?それを死者の走馬灯に繋ぐ事が、動く死体の秘密だったはず」
「ブブーーーー」
手でバッテンを作って見せた葬儀屋はしかし、「おしいけどね」と続けた。
「あんなテキトーなものじゃない。今、彼らを動かしているのはーーーー未来への願望」
今際の際、人間は歩んできた過去を回想する。それが走馬灯。それと同時に歩むはずだった未来を、断片的ではあるにせよ渇望する。その欠片こそ素材。
「それはさながら未来予想図。小生の偽の記憶とは比べ物にならない、未来の記憶。もしそんなシロモノを走馬灯に繋いだらーーーー完成すると思わないかい?」
ーーーー限りなく人間に近い、動く死体が!!
「ま、成功率はまだまだ低いんだけどねェ〜。素材の量とその質に左右されるし」
「……わからない」
呆然と話を聞いていたシエルとダリアの頬を、汗が伝う。
「なぜそんなことをする!?死者を蘇らせてなんになる!?」
「小生は、定められた終わりの先を見たいだけさ」
茶化す気配なく素直に答えた葬儀屋の言葉に、ダリアは訝しそうな顔をする。
『終わりの…先?』
「キミらは考えたことがないのかい〜?」
舞台俳優のように星空へと両手を突き上げ、葬儀屋は前髪で目元を隠しながらも笑顔を浮かべた。
「エンドロールの先にもっともっと面白い展開が待っているかもしれないって」
「そこは気が合いませんね」
セバスチャンが答える。
「死≠ニは絶望的で絶対的な終わり≠ナあるからこそーーーー美しい」
悪魔の片鱗をちらつかせたセバスチャンに、葬儀屋はふっと薄く笑った。
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