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「ああ…嵐がやってくる」



地を轟くような音が耳に届く。遠くで雷が鳴った事に、アロイスが呟いた。



「そういえば、クロード」

「何でしょう」

「あれ、まだ起きないの?」

「起きません」



即答したクロードにふーん、とアロイスは退屈そうに口を尖らせる。



「早く起きないかな。楽しみだ」



その日の夜、嵐と共にそれはやってきた。

ーーーーゴンゴン.



「?」



屋敷の見回りをしていたクロードは、扉を叩く音に足を止める。こんな天気に、しかも夜も遅く、何者だろうかと玄関の扉を開けた。



「嵐が来ましたね」



そう言ったのは、扉を開けた先にいた全身黒ずくめの男。目深に真っ黒なハットをかぶり、真っ黒なロングコートを着て、手には旅行者のような大ぶりのトランクが。顔はコートの襟と帽子によりよく見えない…全身黒ずくめのいかにも怪しい奴だ。



「この様な夜更けに何か」

「嵐に見舞われてしまいまして。よろしければ、一晩宿をお願いできればと」



値踏みをするようにじっと眉一つ動かさずクロードが見ていると、「うわあ」とアロイスがクロードの背中から前に出てきた。



「すごい!なんて汚い男なんだろ、まるで溝鼠だ!」



言葉とは裏腹誉めるようにはしゃぎながらアロイスは言うと、「でも」と男に鼻を近づける。



「いい匂いがする…名前は?」



問いかけたが、男が答える様子はない。気にした様子もなく、アロイスはクロードをに振り向く。



「彼を泊めてあげるから。いいよね?クロード」













「食べて、これも。クロードの料理はクソ旨いからさ!」



突然のお客にも関わらず見事に盛り付けられたお皿をアロイスは男に近づける。



「ええ、どれも素晴らしい…ですが」



クロードは半歩後ろから男を見下ろす。



「ほんの僅かに、皿のはしにソースがついたまま」



その指摘にん?とアロイスが見ると、確かに小さなソースのシミが。眉根をわずかに寄せるクロード。



「ほんの一拭いのこと。その一手間の心配りが感じられない」

「失礼致しました。お下げします」



顔色を変えず素直に謝罪してお皿を下げる拍子に、クロードは男に言った。



「食事中にコートを脱がないような方に、その様な繊細な感覚がおありとは」

「恐れ入ります」



それから男は与えられた部屋のベッドに身動き一つせず座っていた。まるで時が止まったように姿勢そのままでいた男だが、ドアをノックする音にわずかに身じろいだ。



「失礼します」



顔を上げると、褐色の肌をしたメイドが現れた。どことなく虚ろにも見える片目には包帯が巻かれていた。



「その目は、どうなさったのですか?」



男が飲み水を変えるメイドに問うが、メイドは「いえ…」と言葉を濁す。



「それでよく給仕が出来ますね」

「…」

「ハンナ」

「!」



僅かな沈黙が流れた直後、自身を呼ぶ声にハ、としたハンナは振り向く。扉の前にはアロイスの姿があった。



「どうしてここにいるの?ハンナ」

「はい…お湯を変えに…」



声を震えさせながらも答えたハンナにふーん、とアロイス。



「包帯なんて捲いて哀れぶって、旅人さんの気を引こうとしてたんじゃないのぉ?」



ーーーーガシャンッ.



「出て行けよバカ!」

「あっ…」



アロイスが無理矢理ハンナを押し返したせいで、床に瓶が落下し割れた。アロイスがハンナを一蹴りし、ハンナは泣くでも怒るでもなく慌てて立ち上がり頭を下げると部屋を後にした。



「ごめんね、旅人さん」



ハンナが去っていった扉を睨みつけていたアロイスは、今までの剣幕が嘘のように眉を下げて男に謝った。



「彼女は大丈夫なのですか?」

「知らない。あいつ何考えてんのか解んないから、薄気味悪いよ」



「いや…」とアロイスは瞳を伏せる。



「何考えてんのか解らないのは、みんな一緒だ…」



アロイスは「ねえ!」と打って変わり笑顔を浮かべながら男に近寄った。



「このトランク、何が入ってるの?着替え?それともお菓子?」



興味津々にトランクに触るアロイスを男は見つめる。



「羨ましいな…楽しいだろうね、色んなところを旅して。僕も旅がしてみたいよ。屋敷はつまらなくて」

「つまらない?」



アロイスにわからないよう、コートの襟に隠れて男は口元に笑みを浮かべた。



「この屋敷の地下には、面白いものがあると聞きますよ」

「そうなの!?」



男の言葉にアロイスは子供らしく反応を示すや、トランクから男の言葉に興味を移した。



「それを見せてくれたなら、このトランクの中身を、見せて差し上げます」



嬉しそうに笑うアロイス。男は笑みを浮かべていた口角を下げた。













「こっちだよ」



灯りを手に、アロイスは男を地下へと案内する。



「あれ…ですね」



男の言葉にアロイスは足を止め、その視線の先を見た。そこにあるのは茶葉が入った缶だった。



「ただの紅茶だよ?」



手にとって見ながら、アロイスは首を傾げる。おもしろいもの、としか聞いてなかったが、とてもこれがおもしろいものには見えなかったのだ。



「ニュー・ムーンドロップ」



しかし、男の言ったおもしろいものとはこれのようで、男は缶に顔を近づけて確認するようにじっと見つめる。



「満月の夜につまれた茶葉は、甘い香りが爽やかにたつと言いますが、これはその逆。新月に摘むことで、底知れぬ闇を思わせる香りがぼんやりと浮かぶ…」



始めて聞く話に目を瞬かせながらへぇー、と言う感じにアロイスは缶を眺める。



「別名、魂の温度と呼ばれています」

「!まだダメ」



缶に手を伸ばしていた男は、「まだ?」と缶を慌てて遠ざけたアロイスに首を傾げる。



「大丈夫、ちゃんと見せてあげる。その前にーーーー」

「その前に、そのトランクをこちらに渡して頂こう」

「!」



第三者の声に男は振り向く。そこには金食器のナイフを構えるクロードの姿が。クロードが投げたナイフは男を貫かなかったが、代わりに帽子と襟を取り払った。初めて、男の素顔がさらけ出された。





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