「明日は熾烈な戦いとなるでしょう。今夜は心ゆくまで前夜祭を楽しんでください」
拍手に送られ壇上を後にしようとしたアガレスが、期待を裏切らず階段を転がり落ちた。
「ふっ、副校長!!?」
「スイマセンスイマセンスイマセン」
最後の最後で決まらないアガレスだったが、前夜祭は滞りなくこうして始まった。
「食わねば決勝まで戦い抜けんぞ!たくさん食え!!」
「イエッファー!」
たくさん食べまくる緑寮、女性達と談笑する赤寮、通夜のような静けさと死神のようなどんよりとした空気の紫寮。あちこちで個性が盛大に出ていた。
「フン…のんきな奴らだ」
一方青寮は。
「青寮は作戦をより完璧にする会議だ!一刻も無駄にはできない」
「了解!」
「そんなつまんないこと言わないでアンタも楽しみなさいよ」
ぽんとブルーアーの肩に置かれた女性の手。
「ね…姉さん!?」
「「なさいよなさいよーっ」」
驚くブルーアーの腰に双子の少女が楽しそうに抱きつく。
「偉そうにしちゃって。家にいる時と大違い!」
「私とおままごとばかりしてた子が監督生なんてビックリしちゃう」
「姉さん!!頼むから余計なこと言わずにあっちに行っててくれ!」
「あ、皆さん弟がお世話になっております」
「ちょっとロル余計とは何よ」
「「なによなによ〜」」
「ねーねーお兄様エドガー様は!?」
たくさんの姉や妹に取り囲まれて振り回されているブルーアー。そんな様子に圧倒されたシエル達は茫然と言葉をなくす。
「(バイオレットの絵のままだ。それにしても壮絶な)」
「アラ。貴方がファントムハイヴ君ね」
一人の姉がシエルに気づく。
「すごく優秀な1年だって弟の手紙に書いてあったわ」
「ありがとうございます…」
「まあ結構かわいーじゃな〜い?」
獲物を狙う目でシエルの隣に別の姉が並ぶ。
「顔よし頭よし家柄よし、の三拍子だわね。ちょっと小さいけど」
「あの…?」
「どお?うちの妹、お嫁にもらわな〜い?」
「はあ!?」
押しに押されるシエル。
「姉さんやめてよ!」
「何赤くなってんのよ」
「はしたなくてよアデラ」
「いやあの…」
「シエル!!」
自分の姉じゃなくともここまでとはと、もうどうすればと言葉を選んでいるとエリザベスが焦った様子でやってきた。
「皆さん初めまして!シエルの、許嫁の、エリザベスです!」
「シエル貴様リジーというものがありながらX○*△□@アふじこ!!」
許嫁を強調して自己紹介したエリザベスの後ろではエドワードがシエルを前後にこれでもかと揺さぶりながら詰め寄っていた。
「あー、やっぱりいるかー」
「いい男にはいるのよねーこれが!」
本気だったのかどうなのか、姉達は残念そうにする。
「お兄様やめてッ!!」
「あっ。」
シエルを揺さぶり続けていたエドワードは、エリザベスが首に手刀を入れた瞬間白目を向いて力尽きた。
「アラッ?お兄様?」
返事もせずぐったりとするエドワードにエリザベスはきょとんとした。
「相変わらず青寮は騒がしいな」
ん?と声に振り向くと、レドモンド、ソーマ、ハーコートがいた。
「うわ〜。あれが噂の…」
「あはははっ。シエル!その変な帽子似合ってるぞ!」
そう笑うソーマは選抜選手の証である衣装をまとっていた。
「まさかお前が代表に選ばれるとはな…」
「トーゼンだっ!」
素直にシエルが感心するとソーマは得意気に笑う。
「カダール先輩、すごくクリケット上手なんだよ」
「英国人が伝えたクリケットはインドで大流行してる。おれも王宮でチームを作ってたぞ!」
「ほーーーー」
「あっ。エドガー様!いつになったらエスコートしてくださるの!?」
エドガーを捜していたブルーアーの妹が不満そうな声を上げる。
「君が俺の足を踏まなくなったらかな」
「ひどーーーーいっっ」
「レディになんてことを言うんだいエドガー!」
叱責よりも嘆くような声が現れた。
「私の教えを忘れてしまったかい甥っ子よ!」
「ドルイット子爵様v」
「アレイストおじさん!」
「ノンッ!!おじさんはやめなさい!」
げっ。と血の気を引かせて隠すことなくシエルは顔をしかめたが、その比じゃないくらい遠目に眺めていたダリアも同様の反応をした。
『(れ、レドモンドが誰かに似てると思っていたけど、アイツかーーーー!!)』
鳥肌カムバック。
「ああ…懐かしき母校!朝露に濡れた薔薇のような瑞々しい青春が昨日のことのように蘇るよ」
『(しかもここの卒業生だなんて…)』
「そして変わることなく背徳の美を司るシスター達も美しい…ん?」
目が合った瞬間ダリアは脱兎のごとくその場から踵を返し逃げ出す。ちらりと背後を伺うとドルイットが真っ直ぐこちらに向かっていた。
『(ひい〜っ。ついて来るな〜!!)』
幽霊か不審者にでも追いかけられてるように人と人の隙間をぬって逃げていると、ドンと何かにぶつかった。
「何をしてるんですかシスター・アンジェ」
呆れたように見下ろすのはセバスチャンで、これ幸いにと迷う暇なくコートに掴みかかった。
『ミカエリス先生失礼!』
「え!?」
バッと以前のシエルのようにコートの下へと隠れたダリアにぎょっとしていたセバスチャンは、きょろきょろと見渡すドルイットに気づく。
「…お嬢様、行かれましたよ」
残念そうにシエル達のもとへとドルイットが戻ったところでセバスチャンが小声で声を掛けると、ダリアが疲れきった顔で出てきた。
『こんなところでアイツと会うなんて…』
げっそりと疲れ切ったダリアに苦笑してセバスチャンは改めてシエル達を見る。
「いつの間にやら、面倒そうな面子が揃ってますねぇ」
『近寄るのはやめておきましょう』
「そうですね」
くるりとシエル達へと背を向けた瞬間、二人の肩が逃がさないとばかりにがっしりと掴まれた。
「おいダリアにいやら執事ここで何してる」
聞き覚えのある声とこの威圧に冷汗が。
「『おっと…侯爵夫人』」
『お久しぶりです…』
「よく私を捕まえましたね」
誤魔化さない、のではなく誤魔化せず二人は潔く会話を続ける。
「なんだその姿は!こんなふしだらな教師がいるか!!」
鬼の形相で前髪をつかみ上げるフランシスには相変わらず弱いようでヒイッとセバスチャンは顔を青ざめた。
「ふん、まあいい」
ぱっと髪から手を離したフランシスはダリアに顔を向ける。
「お前達がいるということは、やはりシエルの入学は…」
『お察しの通りです』
「ーーーーふん」
「あら?あなたセバ…」
気づいたエリザベスへとセバスチャンは困ったように笑って「Shhー」と人差し指を口元に当てた。
「!」
エリザベスはハッと両手で口元を抑え、ダリアにも気づくと驚いたように目を丸くするもその格好に目を輝かせる。う、とダリアは僅かに身を引く。
「おやママ、そちらの方は?」
「先生、母と面識が?」
「二人共何言ってるの!先生はね…」
エドワードとアレクシスにエリザベスは耳打ちする。
「お二人共、ご無沙汰しております」
ここまで来ると仕方ないかと眼鏡をセバスチャンは軽く下げて素顔をさらす。
「ああ!気付かなかったよ」
「俺も」
「『お前は気付いて黙ってたんじゃないのか!?』」
アレクシスと一緒になってぽんっ。と拳を手のひらに打ったエドワード。
「リジーやダリアがいる時に他の奴が目に入るわけないだろ?」
「『さも当然のように言うな』」
エドワード美ジョンではエリザベスとダリアはしっかり見えても後の周りは霞む程度なのだ。
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