「えー…ご歓談中失礼いたします」
クリケット大会前日の6月3日、大食堂には生徒たちがだけではなくその身内の者も集まり賑わっていた。
「皆様、伝統ある6月4日のクリケット大会開会式へようこそおいでくださいました」
壇上へとあがったアガレスが挨拶をする。
「今年も無事に大会が開催できることを嬉しく思います。どうぞ今日の前夜祭を大いに楽しんでいってくださいーーーーでは」
一つ咳払い。
「各寮代表選手ここへ!!」
アガレスが声を張り上げるや、異変は起こった。
「なっ、なんだ!?」
「地鳴り!?」
大きな縦揺れが会場を襲う。
『じ、地震!?』
「違うわよ。シスター・アンジェは初めてだものね」
驚きバランスを僅かに崩すダリアへ手を貸し、緑寮のシスターが笑う。
「昨年の優勝寮。圧倒的な身体能力と団結力は他寮の追随を許さない」
大きく音を立て、勢い良く扉が開かれた。
「絶対王(トップ・オブ・ザ・ワールド)、翡翠の獅子寮!!」
甲冑をベースにした衣装に身を包んだグリーンヒルを先頭に、寮旗を持ったエドワード、そして選抜選手が続いて行く。優勝寮の威厳も風格もある姿に周りは大歓声を上げて出迎えた。
「お兄様〜!!かっこいい〜」
家族ぐるみでやってきていたエリザベスに声をかけられた途端、エドワードはデレッと威厳も何もないだらしない顔をした。
「かっこいいでしょう?」
『ええ。優勝寮というだけあり堂々としてますね』
「あらあら、こちらも負けてはいませんのよシスター・アンジェ」
ひょい、と赤寮のシスターが顔を出した時、ヒラッと赤い花弁が舞い降りてきた。
「優勝は確かに逃しましたが、去年は緑寮をギリギリまで追いつめた準優勝寮。華麗なプレイで観客を魅了する…」
扉が開かれた瞬間、溢れ出てきた甘い香りと赤い花弁。
「美技の園(ブリリアント・エデン)、深紅の狐寮!!」
華やかさはどの寮にも負けないだろう。レドモンドを先頭に続くハーコートが寮旗を持ち、選抜選手達はうっとりと頬を染める女性達に花を贈ったりなどしていた。
「かっこいいでしょう?」
『え、ええ…こう、誰かを連想させる何かをレドモンド君は持っていますね…』
「分かっていただけます!?」
『ええ…』
鳥肌に襲われたダリアは腕をさすっていたが、いきなり照明が落ちて大食堂は真っ暗闇に。
『停電?』
「違う…」
『ぎゃあ!?』
いつの間にか隣にいたらしい紫寮のシスターに思わず悲鳴を上げると、辺りに青白い炎が灯り出した。
「予想不可能なトリッキー・プレイで対戦相手を混乱させる…」
禍々しいオーラを放ちながら、ゆっくりと扉が開かれる。
「群れる幻影(ゴースト・レギオン)、紫黒の狼寮!!」
大食堂が悲鳴に包まれた。扉から入ってくるかと思いきやいきなり背後に現れたりすれば驚くし、しかもその現れたバイオレットを先頭にチェスロックが寮旗を持つ選抜選手達は、もう雰囲気が黒魔術を起こすものだ。
「…かっこいい…」
「「『いやいやいやいや』」」
声を揃えて首を横に振るダリア達だが、紫黒のシスターの目は輝いていた。
ーーーーピィー…。
『鳥…?』
「ああ。ほら、貴方の寮よ」
鳥の鳴き声に見上げると、天井を鳥達が飛び交っていた。
「身体能力はかなり劣りますが、戦略的なゲームメイクで優勝のスキを狙う…」
ゆっくりと音を立てて扉が開く。
「進撃の窮鼠(ゴッド・オンリー・ノウズ)、紺碧の梟寮」
ブルーアーを先頭にクレイトンが寮旗を持ち、続くシエルを含めた選抜選手達の腕へと飛び交っていた梟が降り立った。大歓声や黄色い悲鳴、絶叫が響いた後にしては静かな拍手に出迎えられる。思わずダリアは口元を引きつらせた。
『(うっわ微妙…さすが最下位常連。登場の仕方も観客のリアクションも地味すぎる!)』
「キャ〜ッ。シエルかわいーっっ、がんばって〜!!」
そんな中エリザベスの黄色い悲鳴が響き注目の的でシエルは恥ずかしく顔を真っ赤にする。エドワードは奥歯をかみしめこれでもかと睨み、セバスチャンは愉快そうにクスッと笑い、ダリアは溜息を零した。
「聖ジョージの炎を点火!」
各寮の監督生が集まる。
「我々選手一同」
「ウェストン校伝統にのっとり」
「最後まで正々堂々」
「戦い抜くことを誓います」
炎が点火され、今日一番の歓声が全体からあげられた。
「ここに」
その歓声に負けない声でアガレスが宣言する。
「1889年度、寮対抗クリケット大会の開会を宣言する!」
next.
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