カンパニア号沈没事故。
千人を超える死者を出した前代未聞の海難事故は英国中を震撼させた。船上を襲った謎の化け物達ーーーー救助された者は口々にその恐怖を語った。しかし真偽は船と共に水底に飲み込まれ様々な憶測を交えた記事が連日新聞を賑わせている。
ーーーーバサ.
「今日もまたこのニュースか」
開いた新聞の見出しにはドルイット子爵奇跡の生還とあった。
「コイツもしぶといな…」
『悪運の持ち主だこと』
「初めての船旅は散々でしたね」
紅茶の入ったカップを二人の前に置く。
「屋敷に戻ってからも坊ちゃんは勿論、お嬢様も体調を崩されたりと大変でしたが、ようやくいつも通りの生活に戻れそうでようございました」
「ふん、いつも通りね…」
『…ところでセバスチャン』
一口飲んでカップを置いたダリアとシエルはセバスチャン…の、頭をみた。
『それのどこがいつも通りなの?』
セバスチャンの頭にはうさ耳がついたカチューシャが。
「今日は復活祭(イースター)ですから全員コレを着用する様にとエリザベス様からのお達しです」
「なるほど…まさに視覚的暴力だな」
『ホントに』
「朝から騒がしかったが、一体今日は何をやらかすつもりなんだ…」
「さて。朝食が済みましたら2階にお二人をお連れする様にと承っております。参りましょう」
とりあえずセバスチャンに言われるがまま2階の一室に向かったシエルとダリア。
「あっ、やっと来た」
「遅いぞシエル!ダリア!」
出迎えたメンバーにシエルもダリアもギョッとした。エリザベスや使用人達は勿論たが、ソーマやアグニ、エドワードやニナまで揃っていたのだ。
「なんであいつらがここに!?」
「復活祭を一緒にお祝いしようと思って」
『貴方まで来たの』
そんな気はなかったが、まるで来ないでほしかったみたいな言い方にガーンとエドワードが固まる。
「信じる神は違いますが、ささやかながらお祝いさせて頂きます」
「で?いーすたー≠ニはどんなお祭りなんだ?」
インド生まれでインド育ちのソーマは復活祭を知らないようだ。
「復活祭とは十字架にかけられて死んだイエス・キリストが3日後に復活した事を祝う祝日です」
この日は卵やバターやミルクなどをふんだんに使った料理が食卓に並び、卵の殻に彩色を施した『イースター・エッグ』を使った遊び…隠されたイースター・エッグを見つける『エッグ・ハント』や固ゆでの卵をぶつけあい割れた方が負けの『エッグ・タッピング』が行われます。多産な兎をモチーフとした『イースター・バニー』が描かれたカードの交換なども流行している様です。
「それでね!復活祭は皆新しい帽子や服を着ておめかしするのよ」
ハシャぎながら言ったエリザベスの言葉に「なにっ!?」とソーマが慌てる。
「そうとは知らずに普段着で来てしまったな」
「ふふふ。それは私の出番ではなくって?」
不適な笑い声に視線が集まった。
「季節を告げる仕立て人ニナ・ポプキンス春のニューコレクション、お披露目致しましょう!!」
高らかにニナが告げてソーマ、アグニ、エドワード、そしてシエルにダリアは渡された服にチェンジ。
「やーん∨みんなかわいーーーーっ∨」
「エクセレーンツッッッ。やっぱり殿方もコレくらい華やかでないとっっ!!世の殿方は地味でいけませんわっっ」
興奮気味にガッツポーズするニナは満足そうだ。
「でもコレはつけてね∨」
シエルとダリアの帽子をはずすとエリザベスはうさ耳カチューシャをつけた。
「それじゃ早速『エッグ・ハント』を始めましょ!今日はお父様特製のイースター・エッグも持って来たのよ」
『わー、どれも可愛いわね』
「でしょでしょ!」
エリザベスが見せたイースター・エッグの入ったカゴをダリアは興味深そうにマジマジと眺める。
「見てシエル!このお花柄とか懐かしくない?」
「えっ?」
「え?」
戸惑ったようなシエルの反応にエリザベスが目を丸くした。
「ああ…そうだな。じゃあそれを隠して来るよう使用人に…」
「……そーだ!いいこと思いついたっ!」
話を逸らすように言うシエルを見つめていたエリザベスは、急にぽんっと手をたたいた。
「これ!あたしが作ったの!かわいーでしょ?」
エリザベスの手には縞模様を施し可愛らしく数種類のリボンでラッピングしたイースター・エッグが。
「今回は屋敷中に隠した卵の中から、コレを見つけた人が優勝ってことにしましょうよ!」
「おお!『エッグ・ハント』はそういうルールなのか?」
「いや、本来は勝敗のあるゲームでは…」
『見つけたらいい事あるらしいってくらいよ…』
「昔シエルはあたしが作ったイースター・エッグを一番に見つけてくれたよね!」
ぎゅっ∨とシエルの体から骨が軋む音がするほど抱きしめるエリザベスを見ながら、ダリアは目を瞬かせていた。
「今年もぜーったい一番に見つけてね!」
「わ、わかった」
ひきつった笑いをするシエル。そんなやりとりをセバスチャンがじっと見つめていた。
「ちょっと待て!!妹のイースター・エッグは絶対渡さん!!勝負だシエル!!」
「僕に言われても…」
『シスコン…』
「あれ〜、何か面白そうなことしてるじゃん」
「『!?』」
ーーーーバリィィィン!窓を蹴破ってターザンの如く現れた人物にシエル、ダリア、セバスチャンはギョッとした。
『グ…グレイ伯爵!?』
「久し振りだな」
「フィップス殿まで!?」
ヌッとフィップスまでもが割れた窓からやってきた。
「窓が…」
『という事でグレイ伯爵、窓の修理代お願いしますね』
「なんで僕だけさ。フィップスも窓から来たじゃん」
『割ったのは貴方でしょうッ』
「それで、ヴィクトリア女王の執事が何故ここに?」
「陛下からの差し入れだ」
言いながらフィップスが差し出したかごには様々な色と模様で彩られたイースター・エッグが。
「やーんかわいー∨さすが女王陛下ね!」
「いや、絵は俺がつけた」
「え〜すごーい∨」
「貴女のもなかなか…」
「伯爵ってば婚約者のイースター・エッグ、最初にゲットしないといけないんだってね?」
ニィッ…と笑ったグレイは、思いもしなかった事を言った。
「よーしボクも参加しよ」
「『!?』」
驚くシエルやダリアの後ろで始まったよとセバスチャンが呆れ顔。
「あの卵をゲットした人が優勝∴ネ外のルールはないんでしょ?楽しそう〜〜〜〜」
「少々お待ち下さい」
舌なめずりしていたグレイに待ったをかけたセバスチャン。
「へー…噂には聞いてたけど…君本当に生きてたんだ」
「その節はどうも」
「で?死に損ないの執事がなんの用?」
「流石にこのメンバーでルール無用では怪我人が出る恐れがございます…ですので」
懐からセバスチャンは取り出したものを全員に見せた。
「生卵(コレ)を使ってルールを設けませんか?」
皆様にはチームになって頂き、おたまに生卵を乗せたままエッグ・ハントをして頂きます。おたまによる生卵の受け渡しは自由。どんな理由であれ卵を割ってしまったらそのチームは失格です。
「成程」
納得したようにフィップスが頷く。
「エッグ・ハントにエッグ・タッピング風のルールを足したわけか」
「エッグ・タッピングも伝統的なイースターの遊びですから」
ただし判定しやすいようにゆで卵ではなく生卵を使用するそうだ。
「ちっ、つまんないの」
「さっ、ではチーム分けを致しましょう!」
ペッと唾を出すグレイだが、セバスチャンは素敵な笑顔でさっさとゲームを始めていた。
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