「ーーーーそうか。じいやも犯人は見てないのか」
「はい…」
三人はタナカの病室でタナカと話をしていた。
「申し訳ありません。旦那様をお守りできず…」
『…そんなこと、気にしないで』
「……じいやのせいじゃない」
「……」
タナカは閉じていた目を開けるとセバスチャンを見た。
「セバスチャン殿と申されましたな。これをお持ちください」
タナカから渡されたのは懐中時計とピンバッチ。
「これは?」
「ファントムハイヴ家の執事長が、代々受け継ぐものです」
「セバスチャン殿」とタナカはベッドの上で正座をすると手を突いて頭を下げた。
「どこのどなたか存じませんが、何とぞ…何とぞ坊ちゃんとお嬢様を、宜しくお願い致します」
「・・・はい。執事として精一杯、坊ちゃんとお嬢様に仕えさせて頂きます」
笑顔でセバスチャンは頷いていた。
「シエル!!ダリア!!ああ…こんなに痩せて!」
タナカと別れて二人はアンジェリーナと対面していた。
「よかった…っ、あなた達だけでも無事で…」
二人は抱きしめるアンジェリーナに何も言わず抱きしめ返していた。
『お洋服ありがとうアン叔母様。馬車まで用意してくれて』
「本当に行くの?今日くらいウチに「ううん、行くよ」
アンジェリーナの言葉を遮る。
「この目で見ておきたいから」
ぎゅっ…とアンジェリーナは目に涙を浮かべながら二人を抱きしめた。
「シエル、ダリア。あなた達にコレを」
アンジェリーナはポケットから取り出すと二人の手のひらにソレを乗せた。
「他は焼けてしまって、これしか残ってないの」
シエルの手にはシールリング。ダリアの手には片方だけのピアス。
「『…ありがとう』」
握りしめると、馬車に乗ってファントムハイヴの屋敷に向かった。
「これは…酷いですね」
目の前にある屋敷は、黒く焼け焦げてしまっていた。
「坊ちゃん?」
フラ…と歩き出したシエルを見てセバスチャンはダリアを見る。
「お嬢様『いい』
ダリアは屋敷を見つめたまま、前髪で瞳を隠す。
『ここにいるから…シエルのところに行って』
そう言うのでその場を離れると、セバスチャンはシエルが入っていった門からん?と中を見る。そこは、墓地だった。シエルの前にはシエルとダリアのお墓、そして、父親と母親のお墓があった。
「お父様…お母様…」
地に膝をついたシエルに何も言わず、セバスチャンは踵を返してその場を離れた。
ーーーーこれが、最初で最後だった。彼が両親をそう呼ぶのを聞いたのは。
『…ッ…』
屋敷の前まで戻ってくると、さっきまでと変わらずダリアは屋敷を見つめていた。だが、その肩は小刻みに震えていた。
「お嬢様」
声をかければ、ダリアはハッと肩を揺らした。
『シエルは?』
「ご両親のところに居られますよ」
『そう』
震えている声。明らかに泣いていたのだろうが、自分が来たからか泣くのを止めてしまった。
ーーーースッ
背後から近づいて、セバスチャンはダリアの目に手をかぶせた。するとダリアからは「な…」と戸惑った声が。
「主人が泣きやすいようにするのも、執事の仕事ですから」
『…何それ』
ダリアは手を払いのける。
『いい。泣いてなんかないか…ら…』
固まったダリアにクスっとセバスチャンは笑う。
『う…そ…』
ダリアの目に映るのは、焼け焦げた屋敷ではなく立派に佇む屋敷だった。
「約束したはずです。私は嘘は吐きません」
『…そんな、あの一瞬で…』
呆然とするダリアは、まだ幸せに笑いあっていた頃を思い出した。屋敷に入れば、変わらず両親が部屋にいるのではと思ってしまう。それぐらい、屋敷は完璧に元通りに戻っていた。
『……悪魔は便利だけど…』
そこまで呟くが、その先をダリアは何も言わなかった。ほんの一瞬目を丸くさせていたセバスチャンは、一礼してシエルのもとに向かった。
「坊ちゃん」
セバスチャンの声にシエルは振り向く。
「陽が沈みます。夜風はお身体に障りますよ」
立ち上がって土を払い落としながらシエルは言う。
「………近くにパブと宿を開いてる店があるから、今日はそこに…」
「いえ。その必要はございません」
「?」
訝しげにしていたシエルは、セバスチャンに案内されて屋敷前まで戻ってきた。
『シエル』
振り返ったダリアの背後にある、明かりを灯す立派な屋敷を見てシエルは我が目を疑った。
「嘘だ…」
そうやっと声を出したシエルにセバスチャンは苦笑する。
「ご姉弟揃って同じ事を言われますね。約束したでしょう?私は嘘は吐きませんと」
「こんな…こんな事が…」
ダリアが屋敷の扉に続く階段を登り始めたので、セバスチャンはシエルの手を取り後を追う。
「伯爵とご令嬢たる者、立派なお城に住んで頂かなくては」
じっと扉を見上げていたダリアを「失礼」とセバスチャンは後ろに下がらせる。
「さあ」
扉を開けると、中から溢れ出た光をバックにセバスチャンは手をさしのべた。
「今日からここは、貴方がたの城です」
二人は、ゆっくりと屋敷の敷居を跨いだ。
「おかえりなさいませ」
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