4「リクオ…水妖、何があったんじゃアイツに?」
『サッパリです…』
「………総大将…」
騒然とする場で、水妖の上司にも当たる奴良組相談役である木魚達磨が口を開いた。
「失礼ながらリクオ様は…本当に血のつながりがおありか…?姿形はもとより、考え方もまるで人間ですなぁ……」
「アーン?」
木魚達磨の言葉にぬらりひょんは低くうなり、水妖はキッと木魚達磨を睨んだ。
「カカカ…こまったもんですな」
『ガゴゼ様…』
「どうやら若は…まだまだ遊びたいさかりのお子様のようじゃな…」
「………」
「総大将…我々にとって…つらいこの御時世。今一度…代紋に立てた誓いを確認すべきではありますまいか」
代紋…その言葉に水妖は額縁に入っている、壁に掛けられた畏≠フ文字を見る。
「我々…妖怪は…人間に畏れられる≠烽フとして存在せねばならんということをーーーー」
その後、結局リクオは戻って来ず有耶無耶に総会はお開きとなり、部屋にはぬらりひょんと水妖の二人が残っていた。
『むっ…』
口を開いた水妖は扇子をガゴゼが座っていた席へと振り下ろす。
『っかつくーーーー!!』
ーーーードガ ドゴ バキ!
「…水妖、部屋を壊すな」
少し離れて冷や汗を流しながらぬらりひょんが言うと、キッと振り向いた水妖。
『総大将は何とも思わないのですか!?木魚達磨様なんてリクオ様が養子みたいなことを言ったんですよ!?』
「わかっとる」
『わかってません!またのらりくらりと躱す気ですか?本当親子揃って嫌な所ばかり似ますね』
「あーあーあー聞こえなーい」
『子供みたいな事しないで下さい!』
「若菜さーん。お茶をくれんかー」
『総大将!』
手のひらで耳を塞ぎそっぽを向いていたぬらりひょんは軽快な足取りでそそくさと廊下の向こうへ。それを見送った水妖はため息をするしかなかった。
*
『あれ…?』
庭の掃き掃除をしていた水妖は、ふと空を見上げた。もう空は茜色に染まっており、カラスが数羽飛び去った。
何時もなら元気なただいま≠フ声が聞こえてくる時間帯だが、今日は聞こえてこないことに気づく。
『…リクオ様、遅いな…』
箒を動かす手を止め門の外を見つめた水妖は、心配になり鴉天狗にリクオの様子を見にいってもらった。そして…。
「まったくリクオ様。帰りが遅いと水妖に言われて心配してきてみたからいいようなものの」
今に至る。
「あの距離を歩いて帰ろうなどと…これからは嫌がられても絶対お供をつけますからね!」
「………」
ランドセルに数珠を通され持ち上げられているリクオの姿はちょっと間抜けにも見えるし、リクオ自身も不本意そうにしていた。
「なぁカラス天狗。ボクって…人間なのかなぁ…?」
「え?」
突然の問いに驚いた鴉天狗だったがすぐに答えた。
「そりゃまあ。お母様もおバア様も人間という身でありましたから…」
「だよね!」
「でも総大将の血も…当然…四分の一は入っております」
「よ…四分の一も…?」
「そうです。ですから…もっと堂々としていればよいのです」
「…………」
それからはリクオも無言になり、やがて本家の姿が見えてきた。
『あ…帰ってこられた!!』
空をずっと見上げていた水妖が叫ぶと、本家の者達は騒ぎ始めた。
「若!!御無事で」
「?どーしたのじゃ皆の衆…」
帰ってきたリクオと鴉天狗は、安堵する出迎えに何のことだかさっぱり。
「だって、だって…」
リクオに抱きついて号泣の雪女。戸惑いつつもふとテレビにリクオは視線を向けた。
《中継です!!浮世絵町にあるトンネル付近で起きた崩落事故で路線バスが生き埋め≠ノ…中には浮世絵小の児童が多数乗っていたと見られ…》
「!?」
ニュースに出ていたバスは、毎日リクオが学校の行き帰りに利用していたバスだった。
「え…?なんで!?バスが」
「おおリクオ帰ったか…お前悪運強いのー」
さすがはぬらりひょんというか、何とも軽い言葉。
「リクオ様が帰っておられるぞ」
「本当じゃ」
「死んだとはうそか。よかったよかった」
周りの妖怪達が安心している言葉はリクオには届いていなかった。今リクオが考えているのは、幼なじみのカナ。あのバスに乗っていたのだ。
「いやあああああリクオ様!!心配しましたぞ!!」
「ワシの方が心配じゃ青!!」
うおおおおと泣きながら青田坊と黒田坊が言う。
「大丈夫ですかぁ!?おいさゆもってこい!!ショックですよねーーーー」
リクオは肩にかけられた羽織をガッと掴んだ。
「…助けに…行かなきゃ……」
呟くとバッとリクオは庭へと飛び出した。
「どこへ行くんじゃこんな時間から!?」
「誰かっはきものを!!決まってるじゃんか!!カナちゃんを助けに行く!!」
よほど心配なのだろう。リクオの目には涙が浮かんでいた。
「ついてきてくれ!!水妖!!青田坊!!黒田坊!!みんな!」
『あ、はいっ!』
「ヘ…ヘイッ!」
戸惑いながらも元気よく返事をすると駆け出した。
「まて!待ちなされ!!」
『木魚達磨様…?』
制止の声にピタリと思わず足を止める。
「なりませんぞ…人間を助けに行くなど…言語道断!!」
「えっ…!?」
「な…なんで…?」
不思議がる一同へとビシッと木魚達磨は指の腹を向けた。
「そのような考えで、我々妖怪をしたがえることが出来るとお思いか!?我々は妖怪の総本山…奴良組なのだ!!人の気まぐれで百鬼を率いらせてたまるか!!」
『なっ…!!』
「達磨殿!!若頭だぞ!!無礼にも程があらぁ!!」
木魚達磨の言いぐさにくってかかる青田坊。
「無礼?フン…貴様…奴良組の代紋畏≠フ意味を理解しているのか?妖怪とは…人々におそれを抱かせるもの。それを人助けなど……笑止!!」
「てめぇーーーー!!」
『青田坊!?』
ついにキレた青田坊が木魚達磨へと掴みかかった。さすがに周りの者達も慌てて止めに入る。
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