誘拐される01

「貴様が、山本満時か」
「・・・はい?」

急に現れたその人物は姿形は酷くひょろっこい癖に簡単には反らせないような鋭い目付きで。それでいて何処か構いたくなるような雰囲気をしていたからつい、気を抜いてしまったとは言い訳になるであろうか。

「え、…ぅおッッッ!!」

首を傾けた瞬間凄まじい速さで飛び付かれては、言葉を発する間も無く担ぎ上げられ馬より速く連れ去られてしまったのだった。



「満時殿が居ない?」
「ええ、何かご存知でないかと」

才蔵が幸村のところに訪ねてくることは珍しい。幸村に関する事はオカン(佐助)が全てしてくれるので、ぶっちゃけ真田忍隊と言えどその主との遭遇率は高くなく寧ろ信玄から任を受けることの方が多い。その才蔵が態々訪ねてきたのは件の彼の事であるからで、その尋ね人を得意でないと自認している佐助に聞いたところで幸村まで話が行くまいと考えた為であった。

「昨日の昼に一度お見掛けしたくらいだが…」
「私もそうです、何も言わずに何日も空けるような者では無いので大丈夫だと思いますが」

でもまあ、満時も大人だし(幸村よりも九つも上だし)そんなに心配する事も無かろうと、出した結論が覆るのはそれから3日も後の事だった。





その頃、満時は怒涛の速さで運ばれた為に途中で目を回してしまい、気が付けば見知らぬ部屋のよく分からないが上質な褥に寝かされていた。

「・・・どこ、ここ」

縛られるも薬が効いているでも何も無く健康に、寧ろ久しぶりのゆっくりとした睡眠を貪れたようで満時は常時の寝起きでは考えられない程の爽やかさで目覚め、このよく分からない状況に焦るでも無く胡座をかいたまま頭を捻っていた。

「ていうか彼は誰なんだ…」

分かるのは、ここに連れてきたのがあの何だか全体的に色素の薄い男であると云う事だけ。

「やれ、起きたのか」
「お、?」

首を傾けてうんうん唸っていた満時のいる室の襖がスルリと開いて、現れたのはふよふよと浮く輿に乗った包帯グルグル巻きの、と見るからに何だか異様な男。

「どうした、ワレが恐ろしいか?」

ヒヒッと引き笑いでもって冷たい視線を落としながら輿と共に近づいてくるその摩訶不思議なものにマジマジと見入っていた満時は、ぽんと手をひとつ打って頷いた。

「そりゃ足音がしない訳だ」

父亡き後、軍師として働くことの儘ある満時は物音には敏感な方である。それが今は部屋の前まで気がつかなんだとは寝起きとはいえ失態の、その理由を考えていたのだった。

「・・・ヌシ、ワレへの感想はそれだけか?」
「へ、うん?・・・まあなんか、大変そうだね」

ところで此処はどこですか?
己の見てくれに何ぞ全く興味のなさ気なその男に、包帯グルグル巻きの摩訶不思議な生き物は腹を抱えて爆笑してしまった。

「ヒヒヒッ!」
「お?大丈夫か?」

衝動覚めやらぬ様子でピクピクと震えるその包帯男は笑い過ぎて息も絶え絶え。床に崩れ落ちる始末のそれにちょっと落ち着けと満時が近づいて背を摩ったその時、彼は何とかギリギリしていた息をピタリと止めてしまった。

「だ、大丈夫か?息しろ?」
「・・・気安く触れるでない、」

あ、ごめん。痛かったか?そう言って眉を下げる満時に冷静さを取り戻したらしい男は、むすっとしたまま、また輿を浮かせた。


「・・・ヌシは変よ、ヘン」
「そんな見るからに摩訶不思議な奴に言われたくないけど・・・」

どうなってんの、ソレ?
そう言って己の乗る輿を指差して笑う。本当に何なんだ此奴と、常は恐れられたり憐れまれたり貶されたりのその包帯男は、むしろ普通に扱われた上で心配されるなど初めてのこと。言いたくは無いが力が抜けてしまい溜息ものの。そも、見知らぬ土地にてのこの男の落ち着きぶりは何なのだと色々廻って興味も湧くところ。
そんな風に見られているとは知らない満時にしてみれば、醜男、片目、指も足りぬという人に言わせれば特異な父親を持って、今更全身に包帯が巻いてあったり光彩が白黒反転していたからといって別段驚く事など無かったという。

そのことを、包帯グルグル巻きの男・・・大谷吉継は彼本人から聞くことになる。まあ、さてもそれはもう少し後の、彼らが仲良くなった後のとても先の話になるのだけれど。



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