真田忍の長殿は、02

「幸村様」
「満時殿!どうされた?」

満時は、ちゃぽんと小気味良い音を立てて酒瓶を持ち上げると月夜に相応しい柔和な笑みを浮かべて一杯いかがですか、と囁いた。

「うむ、これはなかなか!」
「そうでしょう。御館様も気に入っておられました」

満時の持ってきた清酒は夏に相応しく爽やかな辛さで舌によく馴染む。イケる方である幸村はこれはかなり良い品なのでは無いかと当たりをつけて。

「満時殿…これはもしや、越後のものでは?」
「っ、よく分かりましたな」

こふっ、と小さく噎せてから幸村の憶測を肯定した彼は、バレてしまいましたかと頭を掻いた。

「まあ、御館様はご存知なので問題は無いと思いますが・・・実は越後の方が定期的に良い物を贈ってくださるのです」

気まずそうにそう言って、顔を逸らした満時はどこか恥ずかし気であって。

「困ると言っても、止めてくださらなくて…」

聞いていないのに言い訳がましく口をきいてしまうのは何やらそこに照れのような恥ずかしさのようなものがあるかららしく、顔が僅かに上気していた。

「満時殿、酔われましたか?」

九つも歳が上の癖にこの御人はどうしてこう可愛らしいのかと、少し熱くなった頬に触れればさらに赤くなる彼を、クスクスと笑いながら揶揄うのが幸村は殊更好きだ。けれどそうすれば、揶揄われたのが分かる満時はむっつりと不満気に黙り込んでしまうのだけど。

「・・・幸村様が酔われるより前に俺が酔う訳ないでしょうに」
「くくっ、それもそうでござるな」

それすら愉しい幸村は、ぐびっと勢いよく杯を空けた満時に、機嫌を直せとまた酌をするのであった。





「幸村様」
「才蔵か、どうした」
「才蔵!」

仕事の終わったらしい才蔵が、夜は非番なのか着流し姿で、けれど忍らしく影からぬっと出てくるように現れれば、隣の満時は目に見えて嬉し気に表情を輝かせた。彼の人はよほどその忍が好きらしい。

「満時、幸村様にご迷惑かけていないか」
「迷惑なんてかけるわけないだろう。そんな事を言う奴にはこの酒はやれないな」
「それは困るな。折角、長にお前が良い酒で酒盛していると聞いて来たのに」

軽いやり取りも馴れたもので、ぽんぽんと飛び交う調子は幸村と満時との間には無いものである。

「佐助も知っているならば来れば良いものを」

飲ませないとか言いながらも才蔵の為に酒を注いでいるのだから可笑しなもので、けれどそれ程この二人は仲が良いのだと幸村も知っている。会話の中にさらりと出てきた佐助の名を拾えば、その仲の良い二人はけれど二者それぞれの反応を見せた。

「長は来ないでいいんですよ」
「佐助殿は俺が得意でないようですので」

一方は片眉を上げて不機嫌そうに、一方は眉尻を下げて寂しそうに言う台詞は被って聞こえ、息の合う仲の良さに笑えばいいのか、けれど性格の違いが表れるその表情に笑えばいいのか。

「さっき俺が声をかけた時も興味無さ気でしたから」

お小言を貰ってしまいましたし、と小さく呟いた満時を見て幸村は瞳をまあるくした。

「満時殿、そんなことは、」

驚いた幸村がそう口を開くも、満時は寂しげに微笑むだけ。佐助と満時が余り近しくないというのは知っていたけれど。

「お、美味いなこれ」
「そうだろう!御館様も気に入っておられてな!」

いつもの通りの楽しげな二人を横目に、これだからうちの忍隊の長はと、幸村は溜息を吐いた。

20170416修正



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