真田忍の長殿は、01

その男、名を山本満時という。

彼の鬼謀・山本勘助の実子であり、その血を色濃く受け継ぎながら戦場においても類稀なる才を発揮し、真田幸村率いる武田騎馬隊にて二番手につくほどの武の実力者であった。

幼き頃より甲斐で信玄や古参の重臣達に目を掛けられては九つ下の幸村と兄弟のようにすくすくと育ち、父・勘助亡き後も寂しさなどはとんと感じた事がないほど周りに確りと支えられてきた。この戦国に於いてこんなに温もりのある場所は他には無いであろうと本気で思っているくらいには、武田を大層大事に思っている男である。
それが故、軍師としてその任を全うする今、厳しい奇策も時として選択することもあった。顔色一つ変えることなく、むしろ常の微笑みすら浮かべながら冷徹な策を提案する彼に、惨いと反発する家臣達もいる。けれど内に仕舞い込まれた優しさも、嫌われ役を進んで演じてみせるその心意気も、信玄も重臣達もよくよく理解していた。だからこそ、そんな満時の背をそっと支えているのが友人である真田忍隊の霧隠才蔵であり、理解のある重臣達であり、武田の大虎・信玄であった。そんなふうに周りに支えられながら、けれど確りと己が脚で立つ満時はだからこそ武田には欠かせぬ存在として、幸村に猿飛あらば満時に才蔵ありと言わしめていた。





「お、佐助殿。才蔵を知らぬか」
「満時殿・・・才蔵なら今日は外に出てると思いますよ」
「そうか。ならば幸村様のところにでも行くかなあ」

天井裏から廊下に下り立ち、歩いていた佐助は呼び止められる声に振り向く。満月の美しい、静かな夜の日だった。
ゆるりと微笑みを湛えるその男、武田の次代を担う軍師と名高い彼と佐助とは、己が主人と同じ騎馬隊の癖して余り会話というものをしたことが無かった。如何してかというと理由は簡単で、この目の前の男は口を開けばいつも二言目には才蔵の名を出すからである。そして今日も今日とて同じ言い草。他に無いのかと佐助が眉根を寄せるのも仕方のない事だろう。その上満時は、才蔵が居ないと分かれば次には幸村の名までもを出す始末で、いつもいつとて胸がむかむかとして不快感が強く、この男と話すのが居心地悪く感じるのだ。だから佐助はこの山本満時という男のことが、あまり得意では無いと自認していた。

「旦那になんか用なんですか?」
「いや?良い酒を頂いたから一緒にどうかと思ってな」
「ふーん…」


何時もはそういう良いものは御館様と飲むのに?と佐助が胸の内だけで考えていると、その思考回路を分かっているかのように満時が続きを紡ぐ。

「御館様からもお墨付きを頂いた銘酒でな。折角だからと残りは気の合う者と飲めと頂いたのだ」

ああ御館様とはもう飲んだのね、と納得した。何故だかよく良い酒の手に入るらしい満時は、武田では知る人ぞ知る酒豪でありかなりのイケる口である。酒の趣味が信玄と合っているらしく二人でよく酒盛をしているの佐助は屋根裏から度々見ていたので知っている。

「そんなに良い酒なら才蔵よりも旦那と飲んでやった方が良いでしょうよ」

満時と才蔵はとにかく仲が良い。だがそれだけでは無く、幼い頃から一緒の幸村と満時だって彼らほどとはいかぬが仲が良いのだ。歳はそれこそ九つも離れてはいるが、落ち着いた包容力のある満時を幸村はとても慕っている。

「はは、そうだな。先に幸村様の事を考えるべきであったか」

ついな、つい。と愉快そうに笑う満時はけれどやはり先ずは一番心を許した相手を思い浮かべてしまうようだった。そしてそのまま向こうに歩いて行ってしまったから、屹度幸村の部屋へ向かったのだろうと佐助は満時が此方に背を向けた瞬間から冷たい視線で見送った。
満時の目に入るように屋根裏を往き来する忍である筈の佐助が、わざと廊下を歩いていたのにそのおかしさに気が付かないのも、その酒の話に佐助の名が全く出ないのも気に入らず、本当に自分には興味が無い様子の彼を得意では無いどころか嫌いだと、小さく舌打ちを溢して踵を返した。

20170415修正



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