中国攻め01

兵糧攻めと言うのは、敵方に無血開城をさせる策としてはかなりの有効策である。
兵糧の補給経路を断ち、援軍を妨害し、城内に食糧が尽きるのを城を囲んで只管待つ。城内では飢餓が蔓延し、餓死者が出始め、酷いところでは屍人を貪る場合すらあるという。そうして限界状態を迎え、城主が首を切り降伏しか選択できなくなるまで追い詰める。敵兵だけではなく城内に逃げ込んでいた幾多の民草をも死に追いやり、開城したあとの城内は目も当てられない惨状となる。こんな惨い策が他にあろうか。
だが、味方の血はほぼ一滴も流れない。これを無血と言うのか否か。

「補給路を断つ。兵糧攻めだ」

それは、半兵衛が提案した策だった。最少の被害で最大の功績を得ることをモットーにしている彼が苦々しくも告げたその策に、彼女は無言で頷いた。味方の被害を最小に抑えるにはそれが一番有効だと、彼女も分かっていた。
毛利からの援軍を悉く妨害し、追い返し、城を囲い込み、脱走しようとする者を撃ち殺し、早数ヶ月。どんどんと追い詰められる三木城は、困窮の最中であるはずだ。

「半兵衛、行くぞ」
「え?」
「・・・」

己が提案したとは言え今も目の前の城の中では人々が苦しんでいるのだろうと戦況を顔を顰めて見つめていた半兵衛のもとに、秀吉が官兵衛を連れて現れた。彼女が強引なのはいつもだが、そのままあれよあれよと連れて行かれ、馬に乗せられ、共に駆けること暫く。見えてきた羽柴軍が取り囲んでいるのとは別の城。
そして気が付けば半兵衛の目の前には、敵の総大将である毛利元就が座っていた。





「やあ、わざわざ君が自らおでましとは驚いたよ」
「お久しぶりです。そろそろお会いしたいなと思っていたものですから」

にこにこと読めない笑みを浮かべるかの謀将に負けず劣らずの冷めた笑顔を浮かべる主君は、何やら元就とは顔見知りであるようだった。公の場では弟の秀長が進んで秀吉だと名乗るため織田軍以外で彼女の顔を知る者は少ない筈なのだが、その違和感に半兵衛は首を傾ける。

「弟君はどうしたのかな、私はてっきり彼が来るものかと」
「元就公は私を御存じなのですからそんな今更なことをする必要は無いでしょう。それに、私が貴方とお話しをせねば始まりません」

やはり、織田に降る気はないのですか。
元就の弓なりに弧を描いている瞳を真っ直ぐに見つめながら、彼女が言い放つ。静かな、けれどピリピリとした空気が辺りを包んだ。その直球の言葉に、内心慌てるのは側で聞いている半兵衛の方だった。隣の官兵衛もこれには流石に瞳を見開いていたけれど相手の手前、知らぬ顔をつき通す。彼女の挑発に、元就の口許が、歪んだ。

「・・・面白いことを言う。何のために戦をしていると思っているんだい」
「ただでは織田に降らぬという、誇示の為でしょうか」
「貴女っ、!!」
「いいよ、隆景。下がっていなさい」

飽く迄も強気に出る彼女に、隆景が声を上げる。それを制して、元就がその重い腰を上げた。彼は一歩こちらへ近づいて彼女の首元に手を翳した為、半兵衛と官兵衛が反応をするも、スッと音も無く彼女の左腕が持ち上がり動くなと命ぜられる。変わることなく元就を見つめたまま、彼女はそれでも言葉を連ねた。

「三木城は間も無く落ちるでしょう。このままいけば、毛利を手折らざるを得なくなる。信長公は、待ってはくれません」
「・・・」
「先に関係を断ったのは織田方です。貴方がお怒りになるのも無理はない・・・私も、出来るなら・・・中国には来たくありませんでしたが」

今にも矢手甲から刃の飛び出しそうなその手を握った彼女の表情は半兵衛からは見えない。けれど、冷めた瞳で彼女を見下ろす元就の瞳が、一瞬僅かに見開かれたのを、見た気がした。





「んんんんん〜っ!!・・・首斬られるかと思ったあ…」
「ハアッ?!大丈夫だって確信して強気に迫ってたんじゃないわけ?!」

吉田郡山城近くに設けられた内密な会談の場を離れ、安全な場所まで来てからクッと伸びをした秀吉は、身体の力を抜くとそんなことを宣った。とんでもない一言に目を剥く半兵衛が、思わず間を置かずに突っ込んでしまうのも無理はない。

「正直、五分五分だったかな。ははは」
「秀吉様がここで死んだら戦は負け決定なんですけど?!」
「ふふふ、ごめんて」
「ふふふじゃなくて!!」

半兵衛は少し己より上背のある彼女の胸元を掴み上げてがくがくと揺すりながら責め立てる。大将が一体どんな無謀なのだ。こんなに無茶をするひとだっただろうか。隣で官兵衛も大きく溜息を吐いている。

「いま貴女に死なれては困る」
「うん、そうだね。私も死ぬ気はなかったんだけどさ」
「首斬られたら、死・ぬ・よ !!!」
「いやあ、致命傷にならない程度には避けられるかなって」
「もうやだこのひと、無茶苦茶!!!」
「ほら半兵衛、そんなに興奮しては折角調子の良い体調が乱れてしまう」
「誰のせい?!!」

頭を抱える半兵衛の肩を官兵衛が叩いて労う。そんな二人の様子を彼女は愉快そうに眺めながら更なる爆弾を投下した。広げた手のひらが、真っ直ぐ此方へ突き付けられる。

「あと5回は行くから」
「・・・もうアンタの脳内どうなってるの?!」

半兵衛は主君相手に丁寧な言葉をつかう余裕もなく叫ぶほか無かった。



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