中国攻め02

「嗚呼もう、本当に彼女は調子が狂うよ」

また来ます。そう、不穏な一言を残して去って行った秀吉。彼女らが見えなくなるなり顔を覆った元就を、隆景は眉を顰めて横目に見た。

「・・・首を落とすのは、容易かった筈です」

無防備にも首元を曝し、更には警戒した配下すら制した彼女はその不注意と慢心からあの場で元就に攻撃されても何の文句も言えない状況だった。ならば、毛利の為に傷を負わせてしまえば良かったのに。

「・・・私はそれをしない、そして出来ないと彼女は分かっていたんだよ」

毛利家は信長に借りがある。以前九州の大友家を攻めていた時、その背後を突いてきた尼子・山中軍に毛利は窮地に立たされた事があった。親交のあった信長に援軍の申し入れをし、信長はそれを快く受け入れ尼子に対抗してくれた。そしてその戦場となった播磨に出陣したのが、羽柴軍なのである。
この多大なる恩義を忘れた訳ではない。彼女はそれを分かっている。だからこその、あの訪問であったのだ。そうして恩を重ね塗りするように臣従を薦めにきた彼女のことを、元就が傷付ける事など出来よう筈もない。

「しかも、あの眸は反則だと思うよ・・・」

中国には攻めたく無かったと、告げた彼女がフッと伏せた眸。あれだけで、敵方である毛利の被害をも最小限に抑えたいのだと、そういう意志を持っているのだと容易に伝わってしまう。本当に、自分が他人にどう見られているかを良く考えている女だと、彼女のことを恐ろしくすら感じた。
ふー、と深い溜息を吐いた元就は、チラリと隆景を見る。

「君もそう思うだろう?」
「・・・」

その問いに、隆景は答えなかった。





毛利は善戦した。織田方の軍勢に抗い上月城を奪取し、信長から帰京を命ぜられた羽柴軍を後方を突くようにして撹乱し、一時はこのまま追い返せるかに見えた。
あれから実際、彼女は何度も内密にとはいえ此方を訪れた。臣従を薦める態度は変わらず、けれど押し切ることもせず。それは度重なる説得で、毛利の家に礼を尽くしているように見えた。

「何度も何度も・・・父上の意思は変わりませんよ」
「そんな事は無いさ。今は動かなくとも、いずれ・・・それに、私が何度も来たという事実に意味がある」

彼女の言った言葉の意味が、その時の隆景には理解出来なかった。あれからすべてが終わってみれば、それも理解が出来たのだけれど。
この時はしつこく、そして愚かであると思ってすらいたのだ。





備中の高松城が羽柴軍に包囲され、官兵衛の発案による水攻めが始まった。毛利方はここへ来てもう成す術も無くなってしまった。
このままでは敗戦し、毛利の家は潰えてしまう。

「ッ!!お伝えします!!織田信長、本能寺にて横死!!」

そんな、状況の最中だった。軍議の場に駆け込んだ伝令に、思わず抱えていた頭も他所に腰を上げる。天下を目前に、まさか、あの、信長が?

「羽柴軍は撤退、その背後を突けばまだ・・・」
「いや、それは、」
「伝令ッ!!羽柴秀吉が、面会を求めていますッ!!」
「・・・来たね」

これを契機に羽柴軍を追撃しようと言い出した重臣達を抑えようと口を開くと、またしても伝令が。彼女が、此処へ来るという。きっとそうするだろうと、元就も隆景も、分かっていた。
通して良いと頷いて、陣に入って来た彼女を視界に捉えて瞳を見開いた。これが、あの羽柴秀吉。何度も此方へ訪れていた時とは全く違う、それとは別の強さを背負って。
自然と呑み込んでしまう生唾。彼女の真剣な、本気の眸を、隆景ははじめて真正面から見据えていた。

「和議を申し入れる」

そうして彼女は、直ぐに京へと戻って行った。その眸に強い光を宿し、ただ一心に、明智光秀を討つ為に。



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