積み上げる話

正に目と鼻の先に、形の良い眉と、涼しげな切れ長の目元がある。この距離まで近付くと、大して化粧もしていないのがよく分かった。色付いた唇は、触れるか触れないか、寸前のところで止まっている。

「・・・行った?」
「行ったっぽいね」

彼女の顎に添えていた指先と、引き寄せていた腰からパッと手を離す。松川の首の後ろに回っていた手も、ほぼ同時にするりと力が抜けて外れた。

「すーごい顔してたよ、さっきのヤツ」
「こわっ!ホント助かった〜」

すとん、と背伸びをしていた足を地に下ろして、三春がふう、と息を吐く。俺達の様子を見て走り去っていった男は、もう既に屋上の扉の辺りから姿を消していた。終わった終わった、と通常運転に戻ると、扉の死角から不満そうな花巻が顔を赤く染めながらこちらへ出てきた。

「ねえお前ら・・・俺もいるの、知ってる?」
「ごーめん花巻!悄気ないで!!」
「仲間外れだからっていじけちゃうの?花巻」
「い じ け て な い ! ! !」

少しは照れろよ!!と言いながら憤慨する様子には、割と馴れっこであったりする。

「何で俺の方が恥ずかしいの?俺がおかしいの!?」

というのも、三春へ言い寄る輩や、松川へ付き纏う女子、そして変な方向に突っ走った及川ファンなどを煙に巻く為に、2人でこういう素振りを他人に向けて見せる事は割とよくあるのだ。時には教室で、廊下で、屋上で、そういう雰囲気を醸し出しながら演技をする事は既にお手のものになりつつあった。
今回は、最近学内ストーカーと化しつつあった男を諦めさせる為にと、まるでキスしているかのように振る舞ったのである。昼食を食べるのに使っている屋上まで、その男が三春の後を付いてきてくれたのが幸いした。

「別にホントにキスした訳じゃないんだし」
「そうそう、まだ当たってないし」
「そういう問題じゃないだろ・・・!」

ホントお前ら意味わかんない、と頭を抱えた花巻に苦笑しつつ、腰掛ける。こんなことをしている間に、お昼を食べてしまわなければ貴重な休み時間を逃してしまう。

「三春、明日弁当ね」
「はーい。何が良いの?」
「・・・ハンバーグ」
「ふふ、チーズ入りのやつね。わかった」

今回は三春の方のお願いに付き合ったので、松川には報酬を請求する権利がある。好物を強請れば、既に承知していると返事が返ってきて、満足して頷き返すと、隣で花巻が目頭を押さえた。

「俺はもう分からない…」
「花巻、カマトトぶらないで」
「ぶってない…」
「はいはい、よしよし」

理解できないと唸る花巻の心境は知っている。お前ら何でそれで付き合ってないの?とでも思っているのだろう。男女というものがもう分からない、と嘆きだしたそれに適当に相槌を打って頭を撫でると、花巻がその手を払い除けて自分の頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜて叫び出した。

「うあ"ぁ〜!お前ら嫌いだーッ!!」
「私は花巻のことだいすきー」
「俺もー」

これ以上揶揄うと爆発してしまうので、三春にのせるようにしてそう言うと、花巻はもう疲れたと言わんばかりにため息を吐き出した。

「ごめんてば。明日シュークリームも作ってきてあげるから」
「許す」
「チョロッ」

うるせえ、と言う花巻に笑いつつ、3人で和やかに過ごす昼休み。
これはまだ積み上がっていた"すき"に気づく前の、何気ない日常の話。



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