昔の話

2年の時、クラスが一緒になって、最初の席替えで、彼女の後ろの席になった。

影山三春は浮いた存在だった。年の1/3くらいは学校に居らず、噂によると東京でモデルの仕事をしているという。学校が私立なのもあって、単位は学校に来れる日の放課後の補修や課題で何とかしているらしかった。
本人は特別目立つ性格ではなく、普段はほとんど無表情で机に向かい、休憩時間中は課題を片付け、話しかける人間に対して壁を作っているような、そんな感じだった。容姿とモデルをやっているという噂の為に、彼女を気にする生徒は多かったが、そういうものにはそもそも関わる気もないらしく、女子にも特別仲の良い友人などはいないようだった。嫌われているとまではいかないが、接しにくいとは思われているようで、お高く止まっている、などの陰口は割とよく耳にした。

ただのクラスメイトの関係に転機が訪れたのは、たまたま彼女が居る日に、松川の元を岩泉が訪ねて来た時だった。

「松川、三春と同じクラスなのか」

開口一番、岩泉は松川の直ぐ前の席で黙々と課題に取り組んでいる影山三春を見てそう言った。彼女も、その声に後ろを振り向く。

「岩泉じゃん、やっほー」

普段、教室ではほとんど無表情だった彼女の緩んだ表情を松川はその日初めて目にした。その変わりように驚いて、少しばかり目を瞠る。

「おう。お前、まーた課題ばっかなのか」
「うん、先生達容赦ないんだよね」
「授業出てねーんだから仕方ねーだろ」

単位もらえるだけ有難く思え、と言いながら彼女の頭を小突く岩泉に、彼女も楽しげに笑っている。こんな顔もするのか、と意外に思ったし、何故こんなに仲が良いのかという疑問も生まれた。

「岩泉って、影山と仲良かったんだな」
「あー、仲良いっていうか・・・」
「被害者の会的なね」
「ああ、それは間違ってないな」

松川が声をかけると、岩泉と共にはにかんだまま影山三春からも返答が返ってきた。その時、彼女が他の人間に心を開かないという訳ではなく、噂や容姿目当てに近寄ってくる人間を遮断する為に態と大人しくしているのだという事に気がついた。

「被害者?」
「及川のな」
「そうそう」

聞けば、岩泉と及川とは中学が一緒なのだという。彼女の弟が中学のバレー部で岩泉と及川の後輩に当たる為、関わることが多かったとか。あとは及川が彼女に対して猛アタックをした時期があり、迷惑極まりないそれをよく岩泉が止めてくれた事から仲良くなったという。 2年になってからは彼女が本格的に仕事を始めた関係であまり学校にいない為、まだその難からは逃れられているとか何とか。

「おかげで及川ファンからは睨まれるし、無駄に目立つし、ホントいい迷惑」
「アイツはホントに他人の迷惑考えねーからな」
「飛雄のこともいじめるし」
「お子ちゃまなんだ、許してやれ」
「それだけは無理」

ため息を吐きながらそう言うものの、言うほど及川の事を嫌っていない様子なのは、見ていて分かった。

「岩泉は松川くんと友達なの?」

教室に何しに来たのかという問いかけが、松川に絡むものだったのでその質問にぴくりと肩を震わせた。何にという訳ではないが、ほんの少しの緊張が走る。

「ああ、コイツもバレー部なんだよ」
「えっ!?知らなかった!そうなんだ!」
「お前、周りに興味なさ過ぎだろ…」
「だってこのクラスの子達、みんな気を使ってくれてるからむしろ話しかけ難くて…」

もう新しいクラスになって半年近く経つのにそんな事も知らないのか、と岩泉に引き気味に指摘され、彼女が視線を泳がせる。手をわたわたとさせながら白状した言葉に、松川以外の周りの人間もぴくりと反応したのが分かった。どうやら、みんな彼女に対して腫れ物を触るように接しすぎていたようだった。取っ付きにくさを作っていたのは、どうやらこちらの方だったらしい。こうやって話をしてみれば、彼女はこんなにも自分達と同じ、普通の高校生だったのだから。

「お前が普段ブスっとしてるからだろ」
「ブスって酷い、こんな美女を前にして!」
「うるせぇ自分で言ってんじゃねえバカが」

こんなに表情をコロコロと変えるようなタイプだったとは、と思いながら、松川は2人のやり取りに自然と笑みが溢れた。

「影山って、ちょっと及川に似てるな」
「待ってそれはすごいショックやめて…」
「・・・ドンマイ」
「う"〜・・・岩泉のせいだよバカ〜!」

こんなに簡単に話せるのなら、もっと早く話しかけておけば良かったかもしれない。それくらい彼女は面白い子で、確かに、岩泉が放っておけないのも肯けると思った。そして、周りでそわそわと彼女に話しかける隙を狙い始めた連中よりも先に、この少し不器用な面白い子と仲良くなってしまおうと思った。

「松川でいいよ、影山」
「あっ、うん!ありがとう!クラスでちゃんと話せる人できて嬉しい」
「俺のおかげだな」
「はいはいありがとうございますぅ」

これが彼女との長い関係の始まりで、今はもう2人ともあまり覚えていないような、些細な話。



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