「幸村、今日は行かないのかい?」
最近毎日のように三春のところに通っていた幸村が、今日はいつまで経っても動こうとしない様子に気付いた慶次が不思議そうに首を傾けた。
「ああ、今日は、」
そう言いかけた幸村の声を遮るように、屋上のドアが開かれる。
「なんだ、三春が来たのか」
珍しいねと彼女を輪に入れようとする慶次に眉を下げて苦笑を返すと、彼女はまるで目的があるかのように足を動かした。
「・・・」
そして彼女が来たのは、どういう訳か、佐助の、目の前で。
「えーっと、」
仁王立ちをしたまま、こちらを見下ろすだけの彼女に一体何がしたいのか分からずチラリと幸村に助けを求めると、彼はニヤリと口の端を釣り上げて嫌な笑顔を見せた。一体何なのかと、仕方がないので彼女を見上げるも、その表情はよく見えない。伺うように、声をかけた、のだが。
「あの、三春ちゃん・・・?」
「ッッ、この、・・・・ヘタレッ!!!!!!」
「う"おっ、」
ドカッ
気が付けば振り上げられていた脚が、佐助の脇腹を直撃する。口笛を吹く音が聞こえて、政宗あたりが吹いたのだろうと頭の隅で考えていると、衝撃で屋上のコンクリートに倒れた身体。跨るようにした彼女に押し倒されたのだった。
「臆病者ッ、腰抜け、意気地なしっ!」
「ちょ、ちょっと、痛いよ?!」
胸倉を掴まれて床に頭を打ち付ける。たんこぶが出来たかもしれない。続けてドコドコと腹やら肩やら腕やらを殴られて、ケラケラと元親や慶次、幸村の笑う声が聞こえる。おい、友人が暴行を受けている傍で何を笑っているんだと。でもそんな事より、正直、彼女のこの様子についていけなくて。
「馬鹿、破廉恥忍、」
「やめっ」
「阿呆、うそつき、橙頭、」
どんどん萎んでいく声と共に、振り上げられる拳の力は弱まっていき、それはとうとう、佐助の胸元を掴むようにして治った。ぎゅう、と握り締められるシャツと、伏せられた頭。泣いている、ように見えて、手を伸ばしかけて、そして。
「・・・わたしもすきだ、ばか」
「っ、」
ぽろりと、零れた言葉と共に、俯く彼女の頬から雫がこぼれた。
「さすけ、」
もう、意地なんか張っていられなくて。思わず身体を起こすと、ゆっくりと顔を上げた彼女の潤む瞳とかち合った。己の名を呼ぶその震える声に、嗚呼もう駄目だと、諦めた。ここまでされて、もう、知らないフリなんて、出来るはずが無いじゃないか。
「三春・・・ッ!!!!」
足の上に乗り上げたままだった彼女を、抱き締めた。痛いくらいに、もう、決して離さないように。
「ばか・・・ほんとに馬鹿。ばかさすけ、ばか」
「うん。ごめん、ごめん三春」
腕の中の温かさが、抱き返される腕が、湿っていく肩が、しゃくり上げる背中が、愛しすぎて、それ以外には何も考えられなかった。
・
・
・
いつの間にか、屋上には佐助と三春だけになっていた。チャイムもとうの昔に鳴ったようで、グラウンドからは生徒達の駆けまわる声が聞こえていた。
「三春」
「ん、」
泣き腫らした瞼に唇を落として、頬に残る跡を優しく撫ぜれば、柔らかく細められる瞳が、あの頃と同じように此処にあった。
「っん・・・ふっ、」
自然に合わさるように、唇が触れあう。
求めて止まなかった彼女に、触れられることに魂が震える。
「ぁ、」
小さく漏れる声に高ぶって、止められずに彼女の服の中に滑り込む指先を、緩い力で掴まれた。
「みはる・・・?」
「だめ、」
掬い挙げられた指先に、まるで愛撫するかのように彼女の唇を寄せられて、その艶めかしい光景に釘付けになっていると、ちゅっとリップ音を立てて離れた。上目に見上げてくる瞳が、悪戯気に微笑む。
「おあずけ」
語尾にハートマークでもつきそうな勢いでそう言った彼女に、敵わないなと肩を落とした。
20170316修正