02

生まれたとき、"この"サラザールは孤児だった。

"彼女"が"己自身"を取り戻したのは、一人で立ち、歩けるようになってから暫くの事だった。マグルの孤児院のシスター達が、話しかけ、本を読み聞かせ、彼女になんとか言葉を教えようと必死な様子をどこか他人事のように眺めながら、声を発する必要性を感じていなかった彼女は言葉の遅い、可哀想な子供として扱われていた。物事に興味を示すこともなく、愛想もなく、そしてどういう訳か手のかからない彼女を、周りは次第に遠巻きにするようになり、彼女はいつも、部屋の隅で読めないと思われている本ばかりを眺めていた そう、その日のその本は、見覚えのありすぎるばかりか、懐かしい名前が出てくる、魔法界の本であった。それを懐かしいと思う事実にクッ、と喉を震わせて、己が"笑った"のだということに気がついて、そして頭の中にふわふわと浮かんでいただけだった様々の総てが、突然繋がりを持ってこの手の中に落ちてきた感覚がした。シスターの中に魔女が混じっていたらしいその孤児院では、マグルの子供らに混じって稀に魔法使いが捨てられる事もあるようで、彼女はどうやらその中の一人であるようだった。言葉を話さないながらにも不自由なく生きる彼女の様子に気がついたシスターが与えてくれたらしいその本は、数奇にも彼女の総てを取り戻す引き金となった。
それからは、彼女は幼いながらにして、かつての"己"を我が物として生きてきたのだ。

  そして11になった年の春、それまで何の行動も起こさなかった彼女は動き出した。世話になったシスターと、愛想のない彼女にも懐いてくれた小さな子供達に別れを告げて、向かうべきその場所へ、一足早く足を運ぶ事にしたのだ。



"学ぶ者を選ぼうぞ。祖先が純血ならばよし"

サラザールの思想は、やがて"純血主義"と名を変えて、スリザリン寮生達に受け継がれていったらしい。
純血の家系はほとんどがその主義を重んじ、そして傾倒していったようだ。マグルやマグル生まれを「穢れた血」と呼んで虐げ、一時はそういった者達を排除しようという過激な動きが強まり、魔法戦争なるものが起こり、魔法界は恐怖のどん底に落ちていた時期もあったらしい  サラザールの思想が、そういったように"曲解"されたまま後世まで受け継がれ、そして戦争の火種となってしまったのは非常に腹立たしい事であったが、今の彼女にはどうする事も出来そうにない。根付いた思想や考え方を捻じ曲げるのは非常に難しい事だと、彼女は身を以て理解している。ゴドリックがマグル生まれをホグワーツから排除するのは更なる隔絶を生むだけだと主張したのと、サラザールが今より酷いことになる前に、そもそも根本から分けた方が良いのだと主張したのと、それらが決して混じり合えなかったように  

「マグル生まれをホグワーツに入れないようにしたら良いのではないか」
「それは余りに極端過ぎるだろう」

"前"のサラザールの晩年に近い頃だった。
サラザールの寮に選ぶ者達は、純血を祖先に持つ、機知に富み、狡猾さを持った賢い子供達だった。そういった子らは往々にして、学び始める頃には魔法使いの両親や親戚達からある程度のことを学んでいることが多く、学び始めの頃ほど成績の良い者が多い。そしてそういう子供達は、そうではない、マグルの親を持ち、ここで初めて魔法に触れるような子供達に対して偏見が強く、弱きを虐げる。そういった考え方に対して抵抗の強いゴドリックの寮の生徒などがそれに反発し、諍いが絶えなくなり始めていた。彼らは水と油のように相性が悪く、互いを蹴落とすばかりの諍いは切磋琢磨とはとても言い難い。そして何より、全ての生き物を愛するサラザールは、自寮の子供らに、己らの理解できない何かを見下すような差別を行なって欲しくはなかった。だから、

「マグル生まれの子供らを教える場を別に新たに作れば良い」
「それでは大人になった時にこの問題が再発するだけで、根本的な解決にはならない」

原因そのものを隔離し、しかしその子供らにも学ぶ場所を作れば良いとサラザールは提案したが、それは最良の選択とは言えないとしてゴドリックに否定され、話は一向にまとまらなかった。そんな事をしている間に二人はギスギスし始め、そんな二人の様子を子供達に見せ続ける訳にもいかないと考えたサラザールが、そして最終的にはホグワーツを離れる事にした。
問題が起こった時、サラザールは今すぐにそれをどうにかするにはというように考えるし、ゴドリックは長期的に見て最良の選択をするべきだと考える。それが最後まで二人、結論を出せなかった要因だった。そしてサラザールはホグワーツを離れて直ぐ、不慮の事故で命を落とし、ゴドリックとは喧嘩別れのような形でその生涯を終えてしまったのである。

だから、サラザールが"今"の己を掌握し、自由が利くようになってはじめに考えたことは  ゴドリックを、そして、そんな別れ方をしてしまったロウェナとヘルガという同士達を、探さなければならない、ということだった。



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