ある日の晩、その猛烈な気配は突如、何の前触れもなく、長期休みで人気のないホグワーツの大広間に現れた。
「これは、珍しいお客人じゃ」
闇夜に浮かび上がるように、銀にも見える色素の薄い髪が月明かりに煌めいていた。
その場に音もなく駆け付けたダンブルドアが、満月と同居するように星の降る、矛盾した夜空を映し出した天井を見上げている背中に静かに声を掛けると、その小さな後ろ姿が、ゆっくりとこちらへ振り向いた。
「貴方が、今の校長か」
「 いかにも」
ゆっくりと頷きながらも相手の出方を伺っているダンブルドアに対して、その"少女"の振る舞いはあまりにも無防備だった。魔法界一と謳われる大魔法使いを前にして、全く臆することなく、その膝下に不法侵入を為したことなど、まるで気にしていないかのようだ。けれど、それも至極当然なのかもしれない ダンブルドアには、彼女が何者なのかということが、既に理解できていた。
「他の者は どうしているだろうか」
明確に言葉で示さないその問いは、けれどダンブルドアがそれを理解し、かつその答えを知っているであろう事を見据えているかのようだった。相見えただけで互いが互いの力を理解し合っていた。こんなにも大きな力に出会うことは早々なく、"彼女"のこの年齢での力の大きさには、ダンブルドアも畏敬の念を抱く他なかった。"彼ら"のように、その魂は果てしなく偉大であるのだろう。
「儂の知る限りでは 二人。どちらも元気にやっておる」
求められている答えを返すと、無表情のように見えるその青白い顔が、俯けたその一瞬、キラリと光ったように見えた。見てはならぬものを見るような、途轍もなく尊いものを見たような気になって、そっと目を逸らした。
「・・・そうか」
小さくそう溢した"少女"は、こらえきれないというように喜びを僅かに表情に滲ませて、ほんの少しだけ口角を持ち上げ、その年齢にそぐわない、色々なものが入り混じった下手くそな笑みをみせた。
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Side "G"
"彼"の元に、大きな銀色の不死鳥が言伝にやってきたのは、夏の近づくとある晩の事だった。
『今からそちらへ行く』
氷を浮かべた盥に足を突っ込みながら、だらしのない格好で寛いでいた彼は、その唐突な言葉を聞いて瞳を大きく丸め、もっていた本を取り落としそうになる 直後、バーンッ!!という大きな音が彼の小さな住まいの中に響き渡った。
「お・・・久しぶりです?」
「久しぶりじゃな、リック・ゴルドール」
不躾にも直接部屋の中へ姿現しをしてくださった彼の恩師は、変わらぬ白銀に靡く髭をもふもふと撫でながら、愉快でたまらんとでも言うように瞳を三日月型にして笑う。先の不死鳥の守護霊の主人であるこの人 偉大なるホグワーツの校長にして、魔法界の最高峰と謳われるアルバス・ダンブルドアその人が、彼の家に訪ねて来るのは随分と久しぶりの事であった。
「こんな夜更けに突然 何用で?」
緊急事態か何かを思わせる登場の仕方の割に、ダンブルドアは中々核心をつく発言をせず、掴みどころの見当たらない表情を変えることがない。それどころか、どこかこちらを揶揄っているような、面白くて堪らないと言わんばかりのニヤつき具合ですらある。
「痛っ、すまんすまん・・・そうじゃのう。今日は"君"ではなく、"グリフィンドール"に用があると言うべきかもしれん」
恩師には似合わぬ台詞がこぼれ、けれど、その後に続いた台詞に、リックは身体を強張らせた。
グリフィンドールに用がある その言葉をリックに言うことができるのは、この世にたった二人だけ・・・
リック・ゴルドールは、物心ついた時から、幼い自分には持ちうるはずのない様々な記憶に悩まされながら生きてきた。
小さな頭では理解しきることの出来なかったそれらに、苦しめられ、惑わされ、そして時に導かれながら、漸く誠に理解する事が出来るようになったのは、この目の前の恩師に出会ったが故のことだった。
持って生まれたその記憶が、かつて ゴドリック・グリフィンドールと呼ばれた偉大なる魔法使いであったのだと、実感として認識できたのは、ホグワーツの卒業を間近に控えた頃、漸く同志の一人に引き合わされたが故のことだったのだから、それなりに最近の事であった。それからは、その偉大すぎる記憶と、強大すぎる力をひた隠しにしながら、目立たぬよう、けれど好きな事をやりながら生きてきた。
「一体何の、」
彼にその秘密を隠した方が良いと助言をしたその人である目の前の恩師から、久しぶりにその名を聞いて身構えぬ筈がない 相当な緊急事態を予想した のだが。
「 久しいな、ゴドリック」
「・・・は、?」
意図せずダンブルドアのローブの影から現れた、その小さな存在に 思考回路を完全に停止させてしまったことは、彼にとって一生の不覚であった(この生は二度目ではあるのだが)。
「・・・"コレ"は本当に"あの"ゴドリックなのか?アルバス」
「そのはずじゃがのう」
衝撃と混乱ですっかり動かなくなってしまった身体の、すぐ目の前の視界の中でひらひらと手を振りながら、その少女は諦めたように溜息を溢した。不満気に眉根を寄せてダンブルドアを見上げるその表情に、引っかかりを覚える。その姿は全く見覚えがない筈なのに、少女を構成する要素の一つ一つが、かつての記憶に訴えかけてくる。酷く色素の薄い金よりも銀色に近い髪も、真っ白な肌も、淡い色の衣服を好むところも、変化の乏しい表情も、気難しそうな話し方にも、すべて ダンブルドアとどういう訳だか親しげに話すその姿に、更に瞳を大きく見開いていく。
信じられない 本当に? どれだけ、待ち焦がれたことだろう 目の前のその存在に、"ゴドリック"はそろりと、指先を伸ばした。
「 サラザール?」
呆然としながら、辛うじて音になった掠れた声で呼びかければ 少女はこちらへ振り返り、"ゴドリック"の伸ばした手の触れられるその場所へ、歩み寄っては視線を合わせた。
「多少、待たせたみたいだな?」
クッと口角を片方だけ持ち上げて笑う癖も、力強く真っ直ぐにこちらを見つめるその瞳も、間違いなく"彼女"は、待ち焦がれた旧友そのものだった。
込み上げるものは、歓喜を遥かに凌駕する渦のようなもの。身体の内に留めておけないその喜びを、目の前のその存在を腕の中に閉じ込めることで抑え込む。触れて伝わるその魔力が、命を巡らせた中でも待ち侘びた"それ"なのだと理解すると同時に込み上げるものがあり、慌てて留めようと戯けてみせる。
「っ、やけに可愛くなったね?」
揶揄うように放ったその言葉も、この漸く出逢えた旧友を前にしては意味などなく ゴドリックを宥めるように背を上下するその小さな手のひらに、泣きたくないのに涙が溢れた。