無自覚な好きの自覚

「一静くんや」
「なんですか三春さんや」
「今日は元気がないですなあ」
「まあ、」
「・・・ちょっとおいで」

グイ、と手を引かれて、教室を出る。前を行く背中をぼんやりと眺めながら、そういえばもう少しで予鈴が鳴るな、と思ったが何も言わずに足を動かす。着いた先は、たまに昼食を食べに来る屋上だった。

「ほい」
「?」

屋上に着くと、パッと手を離されて、彼女は目の前でくるりとこちらを振り向いて、身体の横に両腕を広げた。

「元気がない一静くんには、特別に三春ちゃんのお胸を貸してあげましょう」

どんと来い、と仁王立ちで構えるソレには、色気の欠片もない。彼女のそれが親愛の情からくる純然たる厚意だと分かっているから、松川はくすりと笑って、有り難くそれに甘える事にした。

「・・・これじゃあ俺がお胸を貸してる事になりませんかねえ」
「文句を言うとは贅沢な。こんなサービスしてあげるの、一静と飛雄くらいなんだからね!」

ぎゅ、と背を屈めるようにして腕を回す。身長差があるので、広げられた腕の中へ入っても、松川が三春を抱き締めるような形になる。けれど、柔らかくて暖かくて、安心した。彼女の中で特別の頂点にいる弟と、同じくらいの扱いだと言われてしまうと、胸の内が少し擽ったくなる。

「三春、頭撫でて」
「ふふ、いいよ」

頭を擦り寄せると、彼女は楽しげに笑って松川の希望を叶えてくれた。撫でる細い指先が気持ち良くて、目蓋を下ろす。

「一静は春高まで残るんだってね」
「うん」
「花巻が言ってた」
「うん」

昨日の試合。
インターハイ宮城県予選の決勝戦、青城はまた、白鳥沢に負けた。どれほど自分達が強さを練り上げて挑んでも、その巨大な壁を打ち砕くことがどうしても出来ない。なぜ、勝てないのか。どうやったら勝てるのか。これからどうするべきなのか。考えはぐるぐると廻り、今日はそれでどこか上の空になっていた。三春はそれに気がついて、松川を連れ出してくれたのだろう。

「気の利いた事とかは言えないんだけどさ、」
「うん」
「側にいるから、頼っていいよ」

その言葉に思考が停止して、瞳を見開く。身体を離すと、至近距離で三春がやわらかにこちらを見上げていた。伸ばした腕が、松川の頭をもう一度撫でる。

「三春・・・」
「ん?」

ちいさな顔にそっと手を伸ばした。
今まで、誰よりも近い距離で、友達のような、それ以上のような関係を続けてきた。彼女は松川にとって、親友のような、同士のような、相棒のような、そんな存在だった。チームメイトとは違うその心地よい関係を気に入っていて、そしてお互いがそれを邪魔されたくないからと、風除けの為に恋人同士のように振る舞うこともあった。こんな触れ合いも、はじめての事ではない。なのに。

「ちゅーしてもいい?」

これまで全然そんなふうに思ったことは無かった。いや、確かに可愛いし、スタイルは良いし、優しいし、よく笑う、いい女だとは思う。けれど、触れたいとか、そんな事は、これまでに一度も。

「はっ!?なに言ってんの!?」

松川の言葉にボッと一瞬で顔を染め上げた三春の唇に指先を伸ばす。自分の言葉で彼女が表情を変えるのに、すごく愉快な気持ちになった。可愛いな、と素直に思ったのが、口からこぼれ落ちていた。

「・・・お前、こんなに可愛いかったっけ?」
「ちょっと離して…!」
「お胸を貸してくれるって言ってたじゃないですか」
「も、もうおしまい!!」

唇に触れる指先とは反対の手を腰に回して、逃げられないように引き寄せる。胸に腕を突っ張られるが、非力なそれは松川の力には敵わない。

「なんか今、グッときたんだよね」
「なにが!?一静、ちょっと離れよ?ね?」
「三春が慰めてくれるって言ったんじゃん」
「もう元気そうだね!?」
「んーん、元気ないから優しくして?」

唇はくれなさそうだったので、首の後ろに手のひらを回して、グッと引き寄せる。落ち着いてと背中を撫でると暴れなくなったので、やっぱりこの子は大概、俺に甘い。

「・・・一静くんや」
「なに?」
「アナタ、私の頭にちゅーしてませんか」
「してる」

大人しいのをいいことに、目の前にあるまあるい頭に唇を落としていると、とんとん、と背を叩かれてストップが入る。けれどそれはスルーすることにして、唇を頭から離さずに、よく手入れされたその長い髪をさらさらと触りながら指に通した。今まであんまり考えていなかったけれど、これが、この子が、自分以外の男の腕の中で、自分以外の男に触れられるのかもしれないと思ったら、ちょっとそれは我慢できないかもしれなかった。むしろ、なんで今まで平気だったのか。それこそ、及川が不器用ながらに彼女にアプローチするのすら、知らん振りをしてきたのに。

「ねえ三春。俺と付き合ってるって噂、ホントにしちゃおうか?」

少し背を丸めて、耳元に直接そう吹き込むと、三春はカチリと身体を固めた。嫌がったり、拒絶したり、青くなったりしないのだから、答えはもう決まっているようなものだ。

「ね。いいよね?」

真っ赤になる耳が可愛いくて食べてしまいたい。欲望のままに軽く歯を立てると、ひぁっ、と情けない声がして、三春の手が松川のシャツの胸元を掴んだ。ふふふ、と笑うと、なに笑ってるの、と恨めしげな声がする。

「ねぇ三春、口にちゅーしたい」

顔を覗き込むと、潤んだ瞳と視線が交わる。嗚呼もうホントに、堪らない。こんなに可愛いかったっけか、俺の親友ちゃんは。鼻先を擦り寄せるようにすると、きゅ、と目を瞑るので。

「っ、」

いただきます、と心の中で呟いて、唇をふに、と触れ合わせた。すぐに離して、目蓋が持ち上がったタイミングで、もう一度。今度は、ぺろりと唇を舐める。

「三春、好き」
「ね、いっせ、っん、まって」

次はちゅう、と唇を吸うようにして。

「好き」

唇を合わせながら、開けて、と舌で舐めると、少しだけ力が緩む。待って、という彼女を無視して、舌を押し込んで、べろりと口の中を舐める。上顎を擽って、舌を吸い上げて、もう一度唇を舐めてから離すと、涙目になっていたので目尻に唇を落とした。

「待ってって、言ったのに…」

はあ、と少し息を乱して松川の胸にもたれかかる三春に、胸の内がきゅん、とした。

「一静。私、一静のことすきだけど、多分、まだ、そういう好きじゃない」
「うん。知ってる」
「だから待ってって、」
「でもそれさ・・・時間の問題だよね」

見上げる瞳が、小さく見開かれる。

「大丈夫。すぐ落ちてくるから…先に事実にしとこう?」

くすり、と笑いながらそう言えば、三春はまた顔を真っ赤に染めて、それから松川の胸に顔を埋め、ばか、と小さく呟いた。

「好きだよ、三春」

それに返事を返すように、言葉を落とす。

「〜ッ!、もう黙って!!」

耐えられない、と肩を竦める三春は、けれど松川が腕の中から出してあげないので、逃げ場がない。
これまで積み上げてきた親愛の"すき"が、"好き"を超えていたことに彼女が気がつくのはいつになるのだろう。それまで彼女をどうやって困らせようか。ああ、まずは彼女の事をずっとずっと好きでいるけれど他の子にも目移りしちゃって一向に報われない可哀想なイケメンに、釘を刺しておかなければいけないか。だって、三春が"好き"でもない相手を抱き締めるなんて、そもそも有り得ないんだから。

「三春。好きになったら、全部ちょうだいね」
「とりあえずその色気しまってくれる・・・!」

真っ赤な耳に口付けると、限界がきたのかボスッと胸を叩かれた。



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