きみのこころは僕のもの

3セット目開始直後。

「飛雄ーーーーッ!!!」

キャットウォークから聞こえる歓声に、異質なものが一つ混じる。それは及川への黄色いそれに混じって、とてもはっきりとコートへ届いた。及川が気に入らないとギリギリしていた田中も、その声にポカン、と固まっている。つい先ほどまでギャラリーに機嫌良く手を振っていた及川も、その声の主を見て驚いているようだった。

「ちょっと!!三春ちゃんに今日の事言ったの誰!?」
「及川ッ!!いいからお前はアップとってこい!!」

先ほどまで影山を挑発していた及川も、予想だにしない声援に戸惑っているようだったが、監督に怒られて渋々準備をする。

「ああ、そういえば言ったかもな」
「俺も」
「俺も」
「俺も言いました」
「なんで言っちゃうのさ!?」
「ていうか知ってたよな」
「弟に聞いたんじゃね」
「隠してたら後が怖いんで」

及川があからさまに表情を崩して騒ぐので、自然とその声の主に視線が集まっていくが、そちらを見上げるいくつもの視線も意に返さず、その人はネットのこちら側へと一心不乱に視線を寄越していた。

「気のせいか・・・?影山、いま、お前呼ばれてなかった?」
「あー、そっスね」
「は!?お前まで何なの??ていうか何あの美女!?」

田中が指差す方角を影山が見上げると、嬉しそうに表情を崩すその人。どことなく見覚えのある面立ちで、日向はつられて見上げながら、どこで見たんだったかと首を横に傾けた。

「ちょ!お前、何手ェ振ってんの!?」
「いや、振り返さないと後でうるさいんで」
「なんなの知り合いなの!?」

ひらひらと手を振るその美女に影山が小さく手を振り返したので、田中がキレて影山に牙を剥く。それに動じない影山の顔と、その美女の顔をもう一度見比べて、日向はハッと閃いた。

「もしかしてあの人、影山のお姉さん?」
「は!?なに言ってんの日向」
「マジか…言われてみれば似てるかも」
「お前、青城に姉ちゃんいんの?」
「そうですよ。言ってませんでしたっけ?」
「言ってない!!!!」

切れ長の目が、影山を見て優しげに細められる。影山と似た顔がとても柔らかく微笑むものだから、そのあまりの珍しさに日向は彼女をジッと見つめてしまった。するとその人は、日向に向かってもニコッと笑って手を振ってきたので、日向は思わず赤面して固まった。

「ちょっと三春ちゃんッ!!自分の学校応援しなよッ!!!」

ネットの向こうで及川が彼女に向かって喚く。聞こえているはずの大音量なのに、彼女はその声にまるで無反応で及川をチラリと見もしなかった。つい先ほどまでニコニコしていたのが、その声が聞こえた途端にスンッ、と無表情になるものだから、その表情に影山と本当によく似ているなと改めて感じた。

「おーい三春、悪目立ちしてるからちょっと静かにしてろー」
「はーい、お母ちゃんごめんなさーい」
「誰が母ちゃんだ誰がッ」
「なんで岩ちゃんには返事するワケ!?」
「うるせぇぞ及川」

及川の頭を殴りながら、岩泉も彼女に向かって声をかける。それには素直に返事を返す様子からして、何やら彼らは随分と仲が良さそうに見える。まあ、影山の姉ということであれば、中学からの一緒なのだろうから、長い付き合いなのかもしれなかった。



それから試合が終了するまで静かに観戦していた彼女は、気がつくと見えるところには居なくなっていて、帰ったのかなと片付けをしながら首を傾けていると、体育館の入口の方からまた、最初に聞いた声が聞こえてきた。

「飛雄〜」

ギャラリーは既に散り始めていたので、最初ほどの注目を浴びることはなかったが、烏野の面々はその声にみんなが彼女の方を見た。近くで見てみると、尚のことその人は影山に似ていた。影山の100倍くらい表情豊かなようだったけれど。

「すごいね勝っちゃうなんて!」
「なんで下りて来てんだよ」

影山の隣に並ぶと、何というか存在感がすごい。影山家の血筋なのか、彼女もスラリと背が高く、足が長い。自分より身長が高いかも、と思って日向は隣に並ばぬように思わず一歩後ずさった。

「試合終わったからいいかなって。烏野の人たちに挨拶したかったし」
「そういうのいいって!帰れよ!」
「やあよ、アンタどーせいつも迷惑かけてるんでしょう」
「かけてねーし」

ケンケンと突っかかっているが、何だか仲が良さそうだなあと見ていると、彼女の視線がぐるりと烏野のメンバーを見回し、盗み見ていた面々は一様にびくりと身体を震わせた。

「あっ、顧問の先生ですよね。いつも飛雄がお世話になってます」
「へっ!?いえ、ご丁寧にすみません!!」

彼女は武田の姿を見つけると、影山を置いてそちらへ駆けていき、ぺこりと深くお辞儀をする。そんな様子に武田が慌てている。隣にいる清水に差し入れらしい何かを渡して、何やら話をしている様子に田中が表情を崩した。

「潔子さんが、笑っておる…」
「またそんなこと言って・・・」
「いやーでも、影山の姉ちゃんめっちゃ美人だな〜」

菅原や縁下も田中と一緒になって女子2人を眺めていた。確かに、顔面レベルも去ることながら、ふわりと柔らかに微笑む様がまた清水とは違った可愛らしさのようなものがある。タイプの違った美女2人という感じで、非常に眼福であった。

そこへ澤村が清水に呼ばれて走って行く。どうやら挨拶をされているようで、先ほどの武田と同じように慌てる澤村に、彼女がくすくすと微笑み、澤村がそれに照れて頬を染めていた。いつも飛雄がお世話になって、とか、いやそんなこちらこそ、とか何とか聞こえてくる。当の影山は姉のそんな様子にもう興味を失っているのか、せっせと片付けをしていた。あんな美人の姉ちゃんをここまでスルー出来るなんて、やはり慣れているのだろう。くそ羨ましい限りである。

「ッッと、三春ちゃんッ!!!」

そこへ、ドスドスと足音を立てながら及川が目を怒らせてやって来た。が、それを全く無視して澤村と会話を続ける彼女に、澤村が話しながらも冷や汗を垂らし、痺れを切らした及川が彼女の肩をグイッと掴んだ。

「・・・なに」

先ほどまでニコニコとしていた彼女が、スッと温度を冷やし、声を低くして及川へ視線を向ける。その鋭さに、日向は思わず背筋がぞくりとした。アレは、影山が静かに日向を怒る時のソレに似ている。さっき及川が掛けた声を無視した時と同じような対応だった。

「いいからこっち来て」
「なんで?」
「〜ッなんでも!!」
「まだ挨拶終わってないんだけど」
「顧問と主将に挨拶済んでれば問題ないでしょッ!!」

絶対零度の視線に及川も一瞬びくりと肩を震わせたが、負けじと目尻を吊り上げて彼女の腕を掴むと、文句を言う彼女をずるずると引き摺りながら青城の方へ連れていく。

「すみませんっ!また改めてご挨拶に伺いますね」
「行かなくていい!!」

及川に引き摺られながら後ろを振り向いて苦笑する彼女は、最後は諦めたように及川の隣に並ぶ。掴まれた腕を振り払うようにして、けれど隣を歩く彼女に気を良くしたのか、及川の表情が柔らかくなるのを見て、日向はおや、と瞳を丸めた。

「ねえねえ三春ちゃん、俺のサービスエース見た?」
「見てない」
「えー!?なんで?見たでしょ!!どうだった?カッコ良かった??」
「だから見てないってば」

彼女へ向ける及川のソレがあまりにも分かりやすくて、そういうものに疎い日向でもこれは、と近くに立った影山を見上げる。

「なァ影山、大王様って・・・」
「ああ・・・アレな。たぶん好きなんじゃねーかな」

大して興味なさげに、いとも簡単にそう言う影山を、日向は思わず二度見する。

「い、いいのかよ?」
「あ?何がだ?」
「何って…大王様だよ」
「別にいいんじゃね。三春、及川さん嫌いだし」

青城の方へ戻った彼女をもう一度見てみると、岩泉や他の選手達におつかれ、と笑顔で声を掛けている。MBの人とは親しげに話をしていて、金田一と国見の頭をワシワシと撫で、それから及川のことだけ再度のスルーで振り返ることもなくサッサと校舎の方へ帰って行った。
それを見た影山が、ハッ、と一瞬嘲笑を浮かべ、それから何事もなかったかのようにボールを鞄に詰める。そんな様子に日向はすっかり固まって・・・それから、ト、ト、ト、とこれまでの流れが頭の中で音を立てて繋がって、スッと答えを導き出した。

「お前、さては相当なシスコンだな??」
「あ"?何言ってんだお前」

ボゲェ!!といつものように怒られたが、たぶんこの答えは間違っていない。
影山の姉と影山はお互いシスコンブラコンの両想いで、そこに横恋慕する大王様の図が日向の頭の中で描かれた。



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