03

それを見た時、最初に感じたのは痛みだった。
慌ててその場から逃げ出して、耳の奥に直接響くような声を聞かないようにと物理的に耳を塞いだ。

『佐助』
「やめろッッ」
『佐助』
「もうやめてくれよ・・・!」

己の名を呼ぶ、柔らかい声が。
己にだけ見せた、幸せそうな笑顔が。
細められた瞳の端から、触れる指先から、伝わる伝える幸せを・・・すべて、思い出してしまった。それが、その記憶が、今はこの身を貫くような痛みを与える。

「う"あぁッッ、」

転がり込むように隠れた物陰で、溢れる涙を抱え込んだ膝に埋めた。

「みはる、」

彼女を、呼びたい。
彼女に、触れたい。

今すぐに彼女に触れられない、この距離が苦しい。傍に駆け付けたくても、其処に居ていいのは俺じゃない。彼女の一番傍に居るのは幸村だという事実がのし掛かって、心が潰れてしまいそうだった。

「三春、ごめん、ごめん・・・三春、」

瞳を揺らした、傷付いて、その傷付いたことに動揺した彼女を初めて見た。貼り付けたような笑みを、いま思えば佐助に向けるにしては珍しい程の不自然な笑みを、あの時は何故見抜けなかったのかと。

他でもない、俺が。
俺が、彼女を傷つけたのだと。

「三春・・・ッッ!!!」

くるしい、苦しい、痛い。どうして最初から、他の皆のように覚えていなかったのかと。何を責めたら良いのかも分からず、何処にこの感情をぶつけたら良いのかも、分からなかった。



それから暫く、彼女を目で追うようになった。彼女お得意のポーカーフェイスは、特定の人物の時は比較的柔らかいものに変わった。

(あ、また旦那が来た)

ふわりと、笑う。
前に、自分の前で見せたものとは少し違うけれど、でも、それでも充分に幸せそうな笑顔。たぶんこれからも少しずつ、二人の距離は縮まって行くのだろう。そしてそう遠くない未来に、きっと自分にしか見せなかった満面の笑顔を幸村にも見せるようになる。

それならば、俺は。





あれから、政宗は佐助が思い出した事を黙ってくれているようだった。一度そうだと分かってみれば、再び集まったこのメンバーは何と濃い顔触れなのか。それに少し見回してみれば、知った顔など盛り沢山で、それぞれ思い出しているいないはあれど、この学校は前世の知り合いだらけだった。

放課後、珍しく先生(しかも右目の旦那)に呼び止められて雑用をしていると、すっかり日が暮れてしまっていた。早く帰ろうと鞄を取りに歩く途中で、教室に一人きり、机に伏せたままの生徒の姿が目に入る。ここは、確か元親と元就のクラスだったか。ということは・・・

「あ、」

彼女だった。
規則的に上下する胸に、眠っているのだと分かった。そろりそろりと足音を立てぬように近づいて、彼女の机のすぐ横に立つ。今生でこれ程彼女に近づいたのは初めてのことで、ドクドクと心臓が五月蝿い。
起きてしまったらどうしようと思いながら、起きればいいのにと、そんな度胸など毛頭無いのに思う。君の瞳が見たい。その瞳に映りたい。思うだけ、想うだけ・・・それだけが、佐助に残された自由だった。

「・・・みはる、」

小さく、風の囁きくらいの呟き。
それだけで胸が一杯になる。彼女を前にしてその名を紡ぐだけで、こんなにも込み上げるものに、言葉が勝手に口を突いて出る。

「ごめんね、三春」
「いま、しあわせ?」
「三春、・・・」

すきだ、あいしてる。
あの時、思い出せなくて、ごめん。
無意識で、何を紡いだか覚えていない。



ハッと気付いて、その場を静かに後にする。
何をしているんだと、もし彼女が起きたらどうするのだと、動機が激しくなる心臓を佐助はぎゅうと握りしめた。

20160316修正



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -